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さあ、決戦

 私がぴょんぴょんと跳び跳ねてながらコートに向かうと、漸く出たねと篠塚先輩が声を掛けてきた。


「磯崎、それ試合前はいつもそれやってるのに、一回戦、二回戦出ないんだもん。体調悪いのかな、てこっちが不安だったよ」

「そうでしたっけ?」


 あまり覚えていない。気持ちが落ち着くからやっている習慣なのだが、どこか緊張が残っていたのかもしれない。


「ま、これでエンジンかかったかな。山崎のディフェンス、頼むよ」

「任せてください。絶対に止めてやりますから」


 ガードの山崎さんとは十センチ以上の身長差があるが、ヒガイチには他に170センチ台が二人いる。


篠塚先輩や折原はそちらの相手をしなければならなかったし、神谷先輩や近藤さんの二人では止められない。

 山崎さんの相手をできるのは、私しかいないという自負もあった。


「アンタのその気の強さ。ホントに羨ましいよ」


 篠塚先輩は私の背中をポンと叩くと宜しくな、と言って私から離れていった。

 私はティップオフのためセンターサークルに立つ折原の後方へと立った。

 折原の広い背中に5番の数字が、真っ白なユニフォームからよく映えた。折原の正面に立っているはずの相手選手が折原の背中に隠れて見えない。


 試合開始を知らせる審判の甲高い笛がアリーナに響き、ボールが高く宙に上げられる。

 折原と相手選手がボールに向かって高く跳び、互いの指が交錯した。

 競り勝ったのはもちろん折原だ。


 ボールは神谷先輩が拾って相手コートまでボールを運んだ。3ポイントラインまで来たとき、神谷先輩は私にボールをパスしようとした。折原か私かで迷いを見せたために、。


 その僅かな隙を狙い澄ましたかのように、黒い影が縫うようにして私たちの間を遮り、ボールを奪っていった。


「山ざ……!」


 私が呻く間も与えず、山崎さんは飛び出してきた勢いそのまま、猛進していく。床に叩きつけるような荒々しい手つきでドリブルをしているのに、吸いこまれるかのように山崎さんの手のひらへと戻っていく。


「くのっ……!」 私だって足では負けていない。全力で駆けて追いつき、山崎さんをコースチェックして封じ込めた――かに思えた。


 山崎さんは一瞬だけ足を止めた。私の視界の端にはヒガイチの選手の姿が映っている。

 パスか。

 そう思った瞬間、山崎さんグンと勢いを増して私の脇を抜け、振り向くと既に山崎さんの体は宙に舞った。

 やられた。

 そう思った瞬間、いつの間にか追いついていた折原の大きな手が、ボールを一気にサイドラインまで弾き飛ばしていた。

 場内に起きたどよめきを掻き消すように審判の笛が鳴り響いた。


「ちぇ、上手くいったと思ったんだけどなあ」


「まなちゃん抜いても私がいるんだから。忘れちゃ駄目だよお」


「くっそお、忘れてたわ。次こそ決めてやる」


 山崎さんは口ではそう言いながらも、私たちに向けた表情は楽しくってたまらないといった顔をしていた。



 第4クォーターも半分近くになり、ヒガイチがタイムアウトを取ったので、私たちはベンチに引き上げると、一年生たちがそれぞれ、タオルやスポーツドリンクを渡しに寄ってきた。


 上出来だと私たちの前で吉橋先生が言った。


「あの東一中にここまで競っている。相手は全国レベルだが、お前らの実力も充分ある。臆せず自信を持ってやれ。いいな?」


 先生の言葉にチームメイトは、はいと一斉に返事をした。


 ここまでの点差は1点でヒガイチが僅かにリード。それまでは取ったり取られたりの展開で、状況は拮抗していると言っていいとと思う。


「まなちゃん、山崎さんの相手は大変だけど、もう少しだから頑張ろう。抑えているよ」


「……うん」


 山崎さんはここまで13得点。

 平均は20得点超えているから、この点数は我ながらよくやっていると思う。もちろん、折原や他のメンバーのカバーがあってこそだけど。

 タイムアウト終了のブザーが鳴らされる。吉橋先生が声を張り上げた。


「よし、お前らいいか。山崎を抑えているが、それでも奴はエースだ。勝負所ではあいつが絶対にくる」


「……」


「みんなは磯崎をヘルプして、ディフェンスにあたれ。声掛けやチェックを忘れるな」


「はい!」


 先生が手を叩いてチームを送り出すと、「折原さん、がんばれ!」と歓声に紛れて隼人の声が届き、気づいた折原が隼人に手を振った。


 コートに戻ると山崎さんは近づいてきた。


「……弟くんは、あーちゃん側か」


「山崎さんじゃなくて、残念だったね」


「うん、残念……だ!」


 言うのと同時に、やにわに駆け出し、ボールを受け取ると私をドリブルで抜き去ろうとしたが、私がコースを阻んで山崎さんの動きを止めさせた。


 甘い。

 再開の合図くらい耳にしてるし、そんなのに引っ掛かるか。


 そのディフェンスでも、山崎さんにインサイドまで容易に入らせず、パスした先のヒガイチの選手がシュートを落とし、私たちが攻撃する番となった。


 3ボイントラインまで来た時、ヘルプサイドのハイポストに位置する折原と目があった。素早く目配せをし、私が左手の人差し指を立てると他の三人が、折原と私とのラインをつくるように静かに退いていく。


 目の前にいるディフェンスの子も私に似たタイプで元気一杯走り回る。ディフェンスもしつこい。だけど、私が3ポイントを一度決めたのと抜き去っておかげで、私のマークするのに集中しすぎているようだった。


 私はおもむろにドリブルする手を左に変え、センターライン側に移動した。ディフェンダーは私を凝視しつづけたままだ。


 私は不意にボールをクロスしドリブルし、右手からディフェンダーを抜こうとした。もちろんマークもついてこようとする。


 しかし、彼女は気がつかなかった。


忍び寄る背後の折原の体に阻まれ、彼女は私を追うことが出来なかった。


 スクリーンだと気がついた相手センターが慌てて私をディフェンスしようとする。視線はゴールを見据えたままだったが、私にはそれが見えていた。マークしていた子も私に目を向けている。


 折原は完全にフリーとなっていた。

 私はビハインドパスで折原に渡すと、ジャンプシュートの体勢に入った。だが、山崎さんがブロックに入ろうとすると、外で待つ篠塚先輩に繋ぎ、先輩は私に繋いだ。


 立っている位置はエンドライン際の3ポイントライン。


 正面にはゴールしか見えない。


 完全なノーマークとなった私がすべきことは、ただシュートを打つこと。

 私の手から放たれたボールは綺麗な放物線を描き、薄暗いアリーナ天井によく映えた。

 カシュッ。

 ネットを揺らす乾いた音が聞こえた時には、私は両手の握り拳を、宙に向かって突き出していた。


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