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山崎さんてば

 折原が誰かの姿に気がついて手を振ったので、視線の先を見ると、ヒガイチの山崎さんが手を振ってこちらに歩いてくる。

 彼女の姿に気がつくと、他校の生徒たちが人垣をつくり、甲高い声援を送り始めた。


「あーちゃん、マナちゃん久し振り」


「久し振りい。山崎さんも相変わらず、イケメンだねえ」


「イケメンはよしてよ」


 折原のからかいに山崎さんは周りを見渡しながら、苦笑いして頬を掻いた。


 短髪で陽に焼けた褐色の肌。服の上からではわからないだろうけど、腹筋も割れているし、折原とさほど変わらぬ長身の体に、バランスよくしなやかな筋肉がついている。加えて颯爽とした身のこなしや、凛々しい顔立ちはイケメンと表現するに相応しい。


 女が惚れる女、といった感じ。


 タカラヅカの王子さまを思わせる中性的な彼女は、女子からも人気が高く、あっという間に人垣が出来ている。

 折原の前に来るなり、山崎さんは引っ越しかあとため息をついた


「寂しくなるね」


「そうだねえ。山崎さんとせっかく仲良くなれたのに」


 春の大会での活躍が認められて、私と折原が県の選抜チームに選ばれ、山崎さんを始めとした他校の代表選手と集まって合宿をすることになった。

 初めは緊張もあってか、みんなと距離感があったのだが、練習を通して次第に打ち解けるようになった。そして、消灯後の女子トークで折原が小学校時代好きだった男の子の話がきっかけとなって、大いに盛り上がり、すっかり仲良くなってしまった。


 特に折原と仲良くなって、メールのやりとりもけっこうやっているから、当然、引っ越しの話も山崎さんに伝わっている。


「……でも、だからといって、あーちゃんに華を持たせないよ。マナちゃんとのピック&ロールにやられないからね」


「それを言うなら私たちだって。ねえ?」

 私が折原に言うと、折原はウンと強く大きく明るく頷いた。


「今度は山崎さんの厄介なあのドライブ止めてみせるから」 私たちの挑発に山崎さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、細めた眼から刃のように鋭い視線を向けてきた。


 倒すべき敵としての眼。 折原も眼鏡の奥から山崎さんと同じような目つきで、山崎さんをにらんでいる。コートに立った時の折原のあの眼だ。折原と私との視線が合い、にやりと口の端を更に歪める。おそらく、私も折原と同じような顔つきをしているんだろう。


「じゃあ、また後でね。私らと当たるまで負けないでよ」


 そう言って、山崎さんは軽く手を挙げると、踵を返し、颯爽と黄色い悲鳴飛び交う群衆の中へ消えていった。情けないことに、ウチのチームメイトでも山崎さんを追いかけていく子がいたが、私らの気持ちはもう切り替わっている。

 今の私や折原には山崎を倒すべきライバルとしか捉えていない。

 山崎さんの背を見つめながら、私は呟いた。


「折原、わたしゃ勝つよ」

「もちろん」


 折原のきっぱりとした声が頼もしく聞こえた。



 折原朱音は一回戦から凄まじい気迫と勢いで、三回戦までに平均45得点、12リバウンド、3アシスト、5ブロックと化物みたいな活躍をみせた。


 おかげで一回戦、二回戦ともに快勝で、私もトリプルダブル連発。特に二回戦の御酒見中戦では百点以上の大差がついて、後半はヒガイチを想定した練習みたいな展開になった。相手チームにはちょっと可哀想だけど。


 二回戦が終了し、昼食を摂るため私たちが二階の客席に戻ろうとロビーに出ると、ようと真琴を連れた隼人が待っていた。先輩たちは先に戻り、私と折原が残った。


「今、母ちゃんたちと来たんだけど、勝ったんだってな」


「珍しいねえ、隼人。いままで来たことないのに」


「真琴が、来たいて言ったから……」


「そうなの?真琴」 と、私がしゃがんで真琴に尋ねるとううんと首を振った。


「兄ちゃんが、お母さんに観に行きたいて言ったんだよ」


 真琴の無邪気で素直な返答に、隼人の顔がみるみる朱に染まっていく。馬鹿、と隼人は小さな声で叱った。 まあ、折原の応援というのは容易に想像つくけれど。


「隼人くん、応援に来てくれたんだあ」


「は、はいっ!」


 案の定、折原の言葉に隼人の態度は急に改まり、しゃんと背を伸ばして気をつけの姿勢で折原を見上げた。


「優勝するから、隼人くんも応援してね」


「も、もちろんですよ、朱音さん。し、死ぬ気で応援します!いや、死んでもいいです。死なせてください!」

 おそらく隼人は気が高ぶり過ぎて、自分でも何を言っているのかわからなくなっているのだろう。

 目は泳ぎ、この暑い最中、頭からボウボウと湯気を出している。体が陽炎のようにゆらゆら頼りなく揺れている。


「や、お疲れ。大勝利だね」


 聞き覚えのある声に振り向くと、山崎さんが立っている。先程まで隣のコートで試合していて、ダブルスコアで勝利していた。


「そちらこそ。ウチは百点差つけて勝ったけど」


「相手の実力がねえ。あれならウチの控えで百点つけられるよ」


 私の挑発に山崎さんはフフンと鼻を鳴らして受け流した。表情には余裕がある。やはりこの程度じゃ乗ってこないか。さて、次はどう出ようか、などと考えていると、山崎さんが急に顔を背け、折原たちを顎で指した。


「ねえ、あの子たち、マナちゃんの兄妹なの?」


「え?うん。そうだけど……」


「ふうん。弟さんの名前は?」


「隼人だけど……」


 そうなんだと山崎さんが言うと無造作に折原たちへ向かってと歩いていった。何だろうと思って眺めていたが、隼人の前に来ると「君、可愛いねえ」といきなり言ったのにはさすがに驚いた。隼人も突然の申し出に目を白黒させている。


「次、君のお姉さんたちと試合するんだけど、お姉さんより私を応援してくれないかなあ?」


「え、ええと……、俺じゃなく、ぼ、僕は……」


「ダメだよお、山崎さん。隼人くんは私の応援なんだよ?」


「いいじゃん。私の周りは女の子ばっかりで、たまには男の子からの声援欲しいもん」


「えと、あの、その……」

「隼人くん。私を応援してくれたら、良いことしちゃうよ?」


「あ、山崎さん。そういうのずるいよお」


 山崎さんと折原のやり取りは次第に痴話喧嘩めいたものになっていって、隼人は二人の間で、ただダメンズのようにうろたえている。

 私は決戦前だと言うのに、そんなことも忘れて可笑しくて仕方なく、三人の様子に笑いを堪えるのに必死だった。


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