メリークリスマス、やるよ、それ
「おい、大丈夫か? なんか服汚したとか言ってたらしいけど」
通路の奥から黒田が声をかけてきた
「ちょっとね、でも応急処置したから多分シミにはならないと思うよ」
「そうなのか? 何か高そうな服なのにってうちの従業員が焦ってたらしいが……」
「藤堂に対処してもらったし、こっちも不注意だったんだ、本当に気にしないで欲しいって言っといてくれ」
「判った、伝えてくる、あ、そろそろビンゴが始まるんだが、来れるか?」
パタパタと早足で道を戻りつつ、振り返って黒田が言うのにすぐ行くよと答え、会場に戻る事にする
「お、戻ったか、急に居なくなったから驚いた」
会場に戻るとすぐ、鳴木が私達に気づき近づいてきたのをみて、そう言えばあのまま洗面所へ向かってしまったから、何も言わないまま鳴木を一人にしてしまったんだったと気づく
「ごめん、声かけてから行けば良かったね」
「悪い、気が回らなくて」
「あ、いや、すぐ森本が教えてくれたんだけどな……」
みーのが気を回してくれたらしいと知り、またテーブルの辺りに居るのかなと目をやると
「あ! 新しいメニューが出てる~」
さっきは無かったお皿が増えているのを見て、テンションを上げると
「腹壊すなよ?」
「……程々にな」
失礼な二人はため息を付いたのだった
パーティーも終わり、駅まで送るよと言いながら、今日は寒かったしとマフラーをしっかりと巻きつけてからコートを羽織って居ると
「その後の、おまえの帰りはどうするんだ?」
「通い慣れた道だし、心配ないよ」
私の返事に送らないで良いとか言い出す二人。
「俺も一緒に行く、そのあとこいつを送ってくし」
「いや、だから送って貰うほどじゃ……」
通い慣れた道だと言っているのに、私を置いて
「それなら安心か」
「任せろ」
なんて聞こえるのに、どれだけ信用が無いんだとやや切なくなったところで、黒田のお母さんが少し焦ったように私達の所に来るのが見えた。
「今日は有難う、あのね、今日一条くんに頂いたワインなんだけれど、奥でお客様にもお出しした所とても気にいられて、申し訳ないのだけれど、ご両親に入手先を教えて頂けないかしら?」
「母さん、それは……」
こいつに迷惑が掛からないかと困ったように言う黒田を止め、一条がお母さんに向き直る
「あのワインは家の主力商品として輸入しているワインなので普段ならばお分けする事も出来るのですが丁度ストックが切れてしまったところなんです、取り扱っている店舗でしたら判るとは思うのですがそれでも良いですか?」
「ええ! 勿論よ、昔どなたかに頂いて、ずっと探してらしたらしいの、先ほどお出ししたらとても喜ばれて……」
すると、一条はにこりと笑って
「判りました、ちょっと両親に連絡してを確認をしたいのですが」
「ごめんなさいね、お願いできるかしら?」
「では、お電話お借りします」
悪い、ちょっと待っていてくれといって、一条が黒田親子と去っていくのを
「ごゆっくり」
鳴木と見送った。
もう一度帰り支度をし直すのも面倒だしと外で待つことにして、建物を出るといつの間にか降り出したらしい雪が舞っている光景に思わず駆け出す。
「ホワイトクリスマスだ~」
「本番はまだ先だろ?」
「雰囲気ないなぁ? 良いじゃない、パーティーした今日だってクリスマスだよ! ……あ、丁度良いね、これ」
青の包装紙をメリークリスマスって、さっき一条にした説明と共に渡した
「へぇ?」
すると、鳴木は封を開けて出てきたリストバンドの刺繍を指でなぞりながら
「いいな、これ」
と呟き、ありがとうって、珍しい気がする素直さで言ってくれた。
「今日ね、一条に謝ってもらっちゃったよ……」
すると、鳴木が驚いたように目を見開く
「でね、私も鳴木にお礼を言わなきゃって思ったの……昔、私の態度がキツすぎるって言われたじゃない? あれから、少し気をつけるようにしたんだ、それからだったと思う、本当に絡んでくる人数は減ったんだよ」
「そうか?」
「うん、あの時に引くって事を教えてくれたから、一条との関係も変わったのかもしれないって思ったんだ、……だから、ありがとう」
頭を下げたら、ぽふって何かが頭の上に乗せられた
「メリークリスマス、やるよ、それ」
「え? なに?」
頭の上に手をやると、柔らかい感触。
そっと手に取り目の前にかざしてみると
ふわふわとした丸いフォルム、こっくりとした茶色の毛並みにに囲まれたモルモットのぬいぐるみ!
「うわぁ! 可愛い」
「この前、立原に誘われて博物館に行ったら土産物にそれがあったんだ、頬のラインといいとぼけた顔といい毛並みといい何だかお前みたいだと思って……って怒るなよ、可愛んだろ?」
こんなに可愛らしいぬいぐるみに似ていると言う癖に、全く褒め言葉にになってない鳴木に思わず拳を握り締めると、慌てて逃げるように距離を開けた。
……まぁ、今日はぬいぐるみに免じて許してあげよう
「良いの?」
「そのために持ってきたんだ、別にぬいぐるみを持ち歩く趣味なんて無いぞ?」
黒いつぶらな瞳を覗き込んで
「んじゃ、名前は鳴木、かな?」
この子に尋ねるような気持ちで話しかけてみたら、代わりに鳴木がやめてくれと答えた。