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なんなんだよ、お前 (side 一条)

「邪魔なんだけど、どいてくれない?」

「なに? ここはおまえの廊下なわけ?」

「私のって訳じゃないけれど、あんたのって訳じゃないでしょ、いい加減馬鹿げたマネやめてくれないかな」

移動教室の帰りの廊下、数人の男子生徒がひとりの女子を囲んでいる風景に足を止める。

囲まれていた女子は強引に囲みを突破して駆けていき

「ほんとに乱暴だな」

「マジで女かよ」

 残された彼らは、その背中に揶揄の声を掛けている。


「なんなんだ…」

 思わず呟くと、隣を歩いていた同じサッカー部の鳴木が溜め息を付くのが聞こえた

「相変わらずだな……」

「知り合いなのか?」

「塾が一緒なんだ、本当はあんなじゃないのに、ほとんど二重人格だ…」

 複雑な表情でそう答えた。


 B組の松木に部活の予定表を届けた帰りに、A組の前を通り何気なく教室を見ると殆ど無人の教室で、粉まみれになって嬉しげに黒板を拭いている奴が居た。

 あいつ…、鳴木と同じ塾とか言う藤堂。

 あれから何度か、廊下で同じような騒ぎを見た。

 女らしくないキツい瞳で自分の前の男を睨み付けて、掛けられた言葉には噛みつくように反応して囲いを突破していく、俺の中の女子の概念を覆すような乱暴な女。

 けれど、今は別人のような満足気な表情で粉まみれになっている

「なんなんだよ、おまえ」

 そのあまりの落差に驚き、気がつくと教壇に近づいて声をかけていた。

 すると訝しげにこちらを振り向き、教壇の上から思い切りこちらを見下ろして、何故かふっと笑った

「なんなんだよ、おまえ」

 口の端で笑うようなその顔に、馬鹿にされた様な気がして無性に腹がたって、また同じ事を言ってしまう。

 すると、不思議そうな顔をして

「誰?」

 と呟くように言われた。

 ……今まで自分がこいつは誰かと思うことがあっても、逆にそう聞かれたことなどなかった俺は驚いて、不思議そうにこちらを見つめる瞳に押されて教室を出て行くことしか出来なかった。


 なんだか、こいつを見るといらいらする、俺を上から見下ろす身長、こちらが睨みつけても揺るがない瞳……、昔から身なりは気を使うほうだし、造形だって悪くない、だから大抵の女は俺を見ると嬉しげな顔をするのに……。

 あの日の一瞬の笑顔、それ以外は……道ばたに生える木にでもなった気分にさせられる俺をすり抜ける視線。

 なんだか自分が無価値だと思われているようで無性に頭に来て…。

「うるさい、お前もう少し大人しく出来ないのか?」

「あいつらが食って掛かるのも判らなくは無いよな、お前可愛げがなさ過ぎる」

「ほんと、何なんだよお前……目の前をうろつくな、目障りだ」

 今まで、どんな女にだって言った事は無いような言葉が、あいつを前にすると押さえられなくて、姿を見つけるとその苛立ちをぶつける様になっていて……、それからは俺を見ると、あからさまに眉をひそめてくる。

 そんな生意気な態度に思い切りこちらも睨み付けるけれど、女の癖にひるみもせず睨み返してくる視線……。

 今まで接してきた女とは余りに違いすぎて、自分の苛立ちをどう納めたら良いかも判らなくて、こんな女がいるという事に俺は慣れずに居た。

 

「…加減……な……て」

「…てぇ…、だ…もん」

校舎の裏の焼却炉へ続く道、掃除の時間意外は人通りの無いそこは、雰囲気には欠ける物の二人きりになるには絶好で…、俺は入学以来何度となく呼び出されていた。


 答えは決まっていても、話があると言われれば断るわけにもいかず、案の上の用件にその気は無いと告げると、潤んだ瞳で頷き去って行く名前も怪しい違うクラスの女。

 物心ついた頃から手紙だの告白だのを受けることは多くて、最初の頃は好奇心もあって付き合ったりはしてみたものの、大抵は長続きはしないで去って行くケースが殆ど。

 大抵の理由は俺が冷たいと言う事と、同性からの嫉妬に耐えられないと言う、付き合う前からそんな事は判っていたんじゃ無いのか? と言いたくなるような理由で。

 繰り返すうちに、最近は面倒としか感じなくなって居た。

 本当に斉藤はよくこんな物を楽しめるものだと、いつも隣に居る奴の事を思い出しながら 帰ろうとして、聞き覚えの有る、けれど雰囲気の違う声が聞こえてくるのに気がついた。


「焼却炉の方か?」

焼却炉前のゴミ集積所に居たのは案の定藤堂で、けれど見た事も無い程明るく笑いながら、まだ降るには早過ぎる雪にまみれたようになっている

「やめなって~、もう、あんた真っ白だよ、発砲スチロールの欠片って意外と落ちないんだよ?」

「良いじゃん、折角バラバラにして袋に詰めなきゃいけないんだから、……うりゃっ!」

そんな事を言いつつ、立て掛けた発砲スチロールの板に正拳突きなどをして、割れて飛んだ破片に

「えいっ!」

ボレーシュートさながらに蹴り飛ばし、更に舞い飛ぶ白い欠片

「も~、私にも掛かって来るって言うのに」

「優樹のは後で私が一粒残らず払うからさ、付き合ってよ~」

どうやら、教師にでも発砲スチロールの処分を任されて、それで遊んでいるんだと解り、それが女のやることかと溜息が漏れる。


 けれど…

「あ~、もう、判ったよ、あんたもストレスたまっているんだろうし? 付き合ってあげるよ。ほら」

そう言って板状の発泡スチロールを何枚か重ねて廃棄予定の段ボールに渡しているのに

「優樹~、だから大好きっ……はっ!」

満面の笑みで微笑んだ後、一瞬真剣な表情で空手の瓦割りのように思い切り手刀の形にして打ち下ろして

「う~ん、きっもちいい~」

なんて嬉しげに言っている姿から目が離せなくて……。


「優樹もやってごらんよ~、結構気持ちいいって」

そんなことを言って掲げる白い板に、優樹と呼ばれている女が、戸惑いがちに弱いパンチなど入れていて

「もっと、思いっきり! 大丈夫結構柔らかいよ~」

「ほんとに、あんたは……、えいっ!」

「お、上手上手」

 綺麗に二つに割れて、はじけるような笑顔を見せて居て。

 その後も、空中に放り投げた板に拳を入れていたり、蹴り上げたりしながら嬉しそうにして、白いふわふわとした欠片をまき散らしながらいい年をしてゴミの中で発泡スチロールにまみれていく姿をガキっぽいと思いつつも俺は……何故だかその場を動くことが出来ずに居た。

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