大したものじゃないけれど来てくれれば嬉しい
「そいや、来週の土曜の夜って時間あるか?」
いつもの塾の終わりの駐輪場で黒田が私達に聞いてきた
「土曜日? 特に用事はないけれど?」
そう答えて鳴木と一条を見ると頷く二人、それを見てほっとしたように黒田からそれぞれに封筒が渡される
「なぁに? これ?」
「うちの工場いつもクリスマス近くの週末にパーティーするんだ、今年は友だちを呼んだらどうかと言わたんだが」
それを見て首をかしげた私達に黒田は決まり悪げにそう告げた。
「わぁ! 一応ママに聞いてみるけど多分大丈夫!! 良いの? すごい楽しみ!」
思わず歓声を上げると
「俺たちもいいのか?」
「迷惑じゃないなら」
二人も面白そうだな、なんて言いながら封筒を覗き込んでいて
「場所は工場内だし、大したものじゃないけれど来てくれれば嬉しい」
そんな私達に照れくさげに、けれど嬉しそうに黒田は頷いた。
土曜日、鳴木と一条と駅で待ち合わせをして黒田の家の工場に向かった。
いつもは車が並んでいる工場の一角は綺麗に片付けられて、大きなもみの木まである。
入り口でキョロキョロしていると、黒田のお母さんと黒田がこちらに気がついてやって来た
「お招きありがとうございます」
挨拶をしながら、家で焼いて来たクッキーとママお得意のパウンドケーキを渡すと
「これ、紗綾ちゃんのクッキー! すごく美味しいのよね、テーブルに出しちゃうの勿体無いから奥にしまっちゃおうかしら」
そんな冗談を言いつつ、パウンドケーキも楽しみだと言ってくれたのにほっとしていると
「ご招待ありがとうございます、大人の方も参加される会ということで両親より言付かりました、お口に合えばいいのですけれど」
一条が猫かぶりモードで手に持っていた紙袋を手渡す
「まぁ! ワイン? 大好きなのよ、でもこんな上等な……」
喜びつつ申し訳なさ気な顔をするのに
「仕事柄手に入りやすいんです、受け取って頂ければ嬉しいと母も言ってますので」
と、笑顔を重ねるのに、黒田のお母さんはありがとう、お礼を伝えてねと微笑んだ。
すると、最後に鳴木がワインのあとでは出しにくいけれどと苦笑して
「今日はありがとうございます、これ、田舎から届いたのですが……」
りんごとみかんがぎっしり詰まった紙袋を渡そうとして
「ちょっと、この荷物では大変ですね、奥まで運びます」
と告げた
「こんなに沢山! それにすごく立派ね! 美味しそうだわ、ここまで持ってくるの大変だったでしょうに……ありがとう」
「みんな、却って気を使わせたみたいで悪いな、それ、俺が持ってくから」
黒田が鳴木から紙袋を受け取り、お母さんからワインも引き取った
「これ、置いてきたら戻ってくるから、適当にそのへんにいてくれ」
「来て貰った上に、こんなに沢山お土産何だか申し訳ないわ、今日は楽しんでいってね」
そう云って黒田親子は一時荷物を置きに奥の方へと歩いていった
「ほんと、おまえ親とかの前では人格変わるよな?」
「うんうん、久々に見たあの猫かぶりモード」
そう云って一条を見ると、即座にいつもの眉間に皺な顔になり
「うるさい」
などと言うので、さらに笑ってしまった。
テーブルに並んだ料理に目移りをしてしまって、どれから食べようと悩んでいると、サヤ! と声をかけられた。
振り向くとみーのがニコニコ笑っている
「メリークリスマス! お勧めはそこにあるピンクのムース、フランスパンにぴったりなの、私が作ったんだよ」
「みーのが?」
「ふふ、今日は私はお手伝いなの、おばさまは皆と一緖にパーティーをって言うんだけど、やっぱりお役に立ちたいじゃない?」
そう言って、みーのが手渡してくれるそれを一口かじる
「美味しい! なんだろうこれ? こってりしているのにしつこくない……色は鮭とかっぽいけど、野菜?」
「赤ピーマンなの、ちょっと思いがけない味でしょう?」
感動して今度レシピを教えて欲しいとお願いすれば、喜んでと微笑んでくれるみーの。
その今日は後ろで結んである髪がふわりと揺れるのに
「あっ」
渡す物があったことを思い出して、慌ててカバンを探り中からピンクの包みを取り出だす
「会えたら渡そうと思ってたの、メリークリスマス」
包みを見て目をまん丸にして受け取って、開けて良い? と聞くのに頷く
「わぁ~! 可愛い」
バラの花の木彫りのバレッタ、三年間優樹と一緖に通ってた美術室で、ひたすら木彫りばかりやっていたので、多少は思ったものを彫れるようになっていた。
一年の時は煉瓦、二年では薔薇のモチーフだったため特に薔薇は一時期は目をつぶっても彫れるような気がする程になっていた。
「素人の手作りだけどね」
「ええ? これサヤが作ったの?」
早速後ろに髪を纏めていたゴムの上からバレッタを留めている
「どう?」
くるりと後ろを向いて聞いてくるのに、華やかなみーのに似合うか心配だったけれど、クリスマスらしく白いフワフワしたワンピースにエプロンをかけたその姿には木彫りのシンプルなバレッタは意外としっくりきていて
「いいね、似合うよ」
答えると、嬉しげに振り向いた
「大事にするね、っとそろそろ戻らなきゃ! 私もサヤに……」
言いかけて、急にいけないと口をつぐむ
「秘密なんだ、じゃ、手伝いに戻るね」
そう云って走って行ってしまった。
秘密って……本人相手にそんな事を言ってしまって良いのかとも思うけれど、みーのらしい天真爛漫さにくすりと思わず笑ってしまうと
「なんだ、まだ目移りしてるのか?」
「あ、一条、あのピンクのムースね、みーのが作ったんだって、すごく美味しいよ」
「へぇ?」
後ろから声をかけられて早速ムースを進めてみる、一口かじって思いがけない味に目を見開くのを見て楽しくなる
「吃驚するでしょう?」
胸をはると
「お前が作ったわけじゃないだろう」
呆れてたように苦笑する一条は、今日は本領発揮のスーツ姿。
黒地に濃い深紅のピンストライプのスーツにストライプと同色のアスコットタイなのがパーティーらしく華やかで、今日もぴしりと整えられた姿はちょっと絵本に出てくる王子様みたいだ。
「どうせ茶だろ?」
どうやら飲み物のテーブルから冷たいお茶を持ってきてくれたらしいのに、ありがとうと受け取ろうとすると
「おまえに水分持って歩かせるのは危なっかしすぎるからな?」
なんて。
……姿は文句なしに王子様だが中身はやっぱり一条だ。
二ヶ月遅れのクリスマス編となります。
前回の夏編が真冬だったことに比べればまだ近いのですが、季節外れ感は否めなく……。
ですが、此処まで来れたことは純粋に嬉しく、またずっと書きたかった場面でもありますので楽しんでupしていきたいと思います。
雰囲気を一緒に楽しんで頂ければ幸いです。