ええ、関係ないですよ、貴方達と同じくらいに
「すげえぇぇ! あのGKありえねぇ」
日曜日、桜花に着くと丁度鳴木と一条が見学の目的の一つにしているサッカー部の親善試合が始まる時間で、二人に付き合って私達も観戦する事にした。
桜花は生徒の育成方針として文武両道を掲げて居るから、部活動にも活気があり、中でもサッカー部は強豪校と評判が高く、ライバル校らしい相手高とのレベルの高い白熱した試合が見られた。
その試合の中で特に目を引いたのが桜花のGKで、鳴木によると攻撃力には定評があるが少し守備が甘いと言われる桜花の最後の守りとして、ファインセーブを連発していた。
最初はあまり興味がなさげだった黒田だったけど試合を見ているうちにどんどんのめり込んで行き、最終的には
「俺もサッカー部に入る!」
などど言い出して居た。
とはいえ、文化祭の目玉の一つでもあったためその混雑は凄く、少し人酔いした私達は一休みしようと人混みを避けて校舎の端の方に向かう事にした。
すると、校舎の外れの静かな廊下に落語研究会の古典落語への誘いという看板を見つけて立ち止まる
「落語って……おまえ、そんな趣味あったのか?」
「詳しくはないけどね、よく読む本で落語のネタ絡めるのが多い作家さんが居て興味はあるんだ、ちょっと見てて良い?」
「ほんとお前ってばーちゃんなんじゃねーの?」
相変わらず口の悪い黒田をぐっと睨む
「いいでしょ、好きなんだから」
でも、確かにつきあわせるのも酷かと迷って居ると
「この先に自販機が有るみたいだし飲み物でも買って一休みしてる、堪能したら来てくれ」
そう鳴木が提案してくれた。
一人になって、そっと扉を開けると、一つ一つの落語が丁寧に解説してあるボードが並んでおり、聞き覚えのある物からタイトルも知らないものまで、ずらりと並んでいるのにわくわくして来る。
何故か、誰も居ないのを不思議に思いつつも一つ一つの分析を興味深く眺めていると、急にドアが開き、吃驚するほど可憐な桜花の制服をきた女生徒が駆け込んで来た。
小柄で華奢な体つきに肩までのサラサラとした色素の薄い髪、長いまつげに囲まれた髪と同じ色の大きな瞳。
けれど、その瞳が落ち着かなげに教室を見回して居る様子に、なんとなく放っておけない気分になり、目を離せないで居るとあまりガラの良くない私服の男子が二人彼女を追いかけたように教室に入ってきた。
「だから、ちょっと案内してくれって言ってるだけだろ?」
「在校生として困ってる人間助けるべきなんじゃねーの?」
「先程からお断りしておりますし、こちらもそのような時間は有りませんので」
その二人にナンパでもされているのかしつこく声を掛けられている。
それらを彼女はきっぱり断っていて、……にもかかわらず、彼らは聞く耳を持たず、引き下がらない……。
口を出していいものかと迷っていると、業を煮やした一人が彼女の腕をつかんで無理やり引き寄せようとする姿を見て覚悟を決める。
「これだけ嫌がっているのに、みっともないですよ? 先生を呼んで来ましょうか?」
「何だ、おまえ」
彼らを避けて後ろに下がる彼女の隣に立った私を、苛立たしげに睨みつけるけれど、彼女と違い視線がそんなに変わらないのにすこし怯むのが見える。
着崩した私服に、へらへらと笑いながら彼女を上から見下ろす彼らは、ガラは悪いけれど体つきはひょろりとしていて、そう威圧感は感じない。
相手も大柄な私をいまいましそうに見て来るのをじっと見返していると
「関係ないなら出てくるなよ」
などと言ってくるので
「ええ、関係ないですよ、貴方達と同じくらいに」
とにっこり笑ってみせ
「私はここの展示が気に入ってここに居るんです、興味ないなら出ていくのはあなた方では?」
出口を指差す。
「なんっ……だと? てめっ」
その私の態度に相手の瞳に少し剣呑な光が宿るのに体を固くすると、入り口の扉が開いて、ひょろりと背の高いメガネをかけた桜花の制服の男子生徒と、先ほどサッカー部で大活躍を見せたGKさんが入って来た。
「隆也!」
眼鏡の男子に彼女が駆け寄るのを見て、GKさんが男子二人を睨みつける。
「何だ? おまえら」
すると、その厚みのある長身の体つきと威圧感のある低い声に気圧されたように、あたふたと教室から逃げだすのに、思わず溜息をついた。
「君は?」
不思議そうに眼鏡の彼に声をかけられ、どう答えようかと思っていると
「私を助けてくれたの、隆也が居ると思ってここに逃げて来たら、彼女が一人だけ展示を見てて……案内しろってしつこく言われてどうしようかと思ってたら、かばってくれて……本当にありがとう、違う高校から遊びにいらしたのかしら? 私は相沢静香といいます、桜花の一年です」
そう、微笑みながら丁寧に名前を名乗ってくれたのに、高校生ではないと答えるのも恥ずかしかったけれど
「こちらの高校を受験予定の城丘中の藤堂紗綾です、今日は友だちと見学にきたんですけれど、こちらの展示が面白そうだったので……」
そう答えると
「中学生……」
と三人に言われて、ちょっと身の置きどころがなくなる。
確かに成長期の身長の伸びと、この癖毛で年齢より上にみられることはあったけれど、マジマジと見つめられるのは少し恥ずかしくて
「ごめんなさい、あまりにしっかりとした対応だったので中学生とは思わなかったの、本当に助かったわ、うちの高校を志望しているのね、楽しみにしている、頑張って」
けれど、待って居るわと私を見てくれるのに嬉しくなって
「はい、頑張りたいと思います」
「藤堂? まだここに居るのか?」
頭を下げるのと、黒田たちが扉を開けるのと同時だった。
途端、憧れのGKさんと目があい慌てふためく黒田と、訝しげに私を見る鳴木と一条
「あら、お友達?」
頷く彼らに、止める間もなく相沢さんが今までの経過を三人に話して居て、……深くため息をつく3人のこちらを見る目が怖い。
また叱られるかな……と、凹んでいると
「そんなに大事なら、そばを離れないことだ」
などとGKさんが笑いながら言ってくれたけれど。
大切とかってより、トラブルメーカーで信用が無いんです……と、情けない説明をして、折角だからと先ほどの試合の素晴らしさと、三人が入部を目指していることを伝えると嬉しげに
「是非頑張ってくれ、楽しみにしている」
笑ってくれた。
それから遠慮はしたものの、この学校に通うつもりで来たのならと、三人に校内を案内してもらうことになった。
とんでもないと最初は断ったのだけど、落語の研究発表の教室は空にしていいのかと聞けば、眼鏡の優しそうな彼、春日さんはどうせ人なんて来ないし、ちょいちょい空にしているくらいだから、興味を持ってくれる人には最大限便宜を図りたいなど云って下さり。
GKさん、日下部さんはどうやら全国大会で活躍した鳴木と一条を知っていたらしく、今日の試合で入部を決めたという黒田も含めてそれなら後輩の面倒は見ないとな? なんて言い出し、静香先輩(そう呼んで欲しいと言われたので、本当に後輩になれるよう頑張るつもりでそう呼ばせて頂く)は、是非入学して欲しいから発奮してもらうの! なんて、とっておきの場所を案内するわと嬉しげで……。
張り切って案内を申し出てくれるのを、私達にはそれ以上断ることも出来ず、豪華な引率で校内を巡る事になった。
そして実りがあり過ぎたように見えた帰り道
「お前は本当に何でも引き寄せるな?」
鳴木が苦笑交じりに私を見る
「そんなつもりはないんだけどね〜」
でも、何でこうなるかな? って、空を仰ぐと
「もう、何か有るのは慣れたし驚かない……だが、自覚しろ? お前の行動は煽る所がある、危ない時は逃げろ」
眉間に皺は一緒だけど、いつもより真剣な光を浮かべる一条に努力するよと答えると
「うわ、当てにならねー」
背中で何とも失礼な黒田の呟きが聞こえた。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
切りどころが無くて少し長くなってしまった上に更に……なのですが、久しぶりの拍手お礼更新をしました。
二年生の時の一条バレンタインエピソード……今回もギリギリでした。
イブもバレンタインもupの日が丁度その日に当たると知ったその日に書き始めるという見事な泥縄っぷり……。
ともあれ、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。