まさか、ね
「優樹……、ありゃ、居ないかぁ」
E組の教室を覗いたけれど、そこには休み時間はいつも背筋を伸ばして本を読んでいるか、スケッチブックを開いて居る見慣れた親友の姿は無くて、がっかりする。
黒板を見ると前の授業は数学で、次の授業は英語だから教室の移動や着替えで居ないというわけではなさそうだけど……。
「紗綾、どうしたの?」
「あぁ、宏美、優樹に会いに来たんだけどね~」
優樹と同じクラスの、小学校からの友人である宏美に声をかけられて、そう答えると
「さっき先生に呼ばれて職員室行ったよ、でも紗綾最近良く来るね、やっぱり戸田君うるさいの?」
眉を顰める宏美に
「戸田よりも周りかな~、最近は鷲尾なんて休み時間毎な気がするし……」
さらりとた少し長めの直毛と薄い瞳の戸田の友達、顔だけ見ると少女めいた可愛いと言えそうな顔立ちなのにその口から私に向けられる言葉は辛辣で……、教室で本を読んでいたり、次の授業の準備をしていたりすると、最近は囲まれとやかく言われることが多いのだけどその中でもレギュラーメンバーである鷲尾の顔を思い出して溜め息を付くと
「鷲尾君も紗綾のそばに居るんだ…」
「そば…って言うのかな、 ああ言うのは? まぁ、絡まれる時は目の前にいるけど」
「良いなぁ~」
ぼそりと呟いた言葉に耳を疑って思わず
「……はい?」
マジマジ宏美を見つめてしまうと、少し怒ったような顔で私を見て
「この前の文化祭で軽音部凄い格好良かったし、私は話した事も無いから紗綾見たいなイメージは無いもん」
少し強い口調で続けるのに驚きながら、私のお下げを引っ張って鳥の巣みてーとか言っているイメージしか無いけどなって、二つ分けした三つ編みの膨らんだ先端をあいつがやった様に摘まんでため息をつくと
「紗綾は、大変だって言ってるけどさ、いっつも囲まれているのは格好いい男の子ばっかりだし、本当はちょっと嬉しかったり?」
口調は軽いけれど、私を見る視線は少し険があって、……先日の香織の言葉を思い出した。
――構ってくる相手によりけりだよ、紗綾はなんか面倒なのに係わりやすい、今クラスで女子の敵意をかっている理由は判っているんでしょう? 構われてるってだけで妬む人もいるんだから、気をつけなよ?
でも、宏美は小学生の時は戸田とその友達に何だかんだと意地悪をされる私を見て、怒ってくれていたはずで、班の皆を先導して私一人で掃除をさせようと仕向けたときは酷いねって掃除を手伝ってくれたし……。
まさか、ね……。
キーンーコーン……
「あ、予鈴だ、じゃ、じゃぁね、宏美、また」
咄嗟に言葉を返せないでいたから、鳴り出したチャイムにホッとしてそういうと
「はいはい、戸田君と仲良くね」
冗談と思いたいけれど、棘を感じる言葉と少し冷たく感じた声……、嫌な予感に逃げる様に教室へと足早に向かっていると、廊下ですれ違い様に
「バタバタ動くな、おまえ、最近よく見るけどうろちょろとうっとうしいんだ」
今度は一条に苛立たしげに睨み付けられた。
「走ってないんだから、良いでしょう? 別にあんた目当てでここに居るわけじゃ無いんだし、私がどこに居ようと関係ない」
とっさにそう答えて、教室に向かいつつも心は沈んでいくのが判った。
最近は、この一条までが私を見ると苛立たしげに何かと言ってくるようになっていた。
頻度はそう多くないし、徒党を組むわけでも私の教室までやってくるわけでも無いけれど、こうやって廊下とかですれ違うとキツイ視線でキツイ言葉を投げかけてくる。
行動としては其れだけだから、他の男子に比べたら全然マシだけれど、この前聞いた香織の話によると学年ナンバーワンと同じだけのファンを持つという一条……。
この、やりとりもまたおかしな誤解を生んじゃうのかな?
鷲尾の名前を出した途端少し様子がおかしくなった気がした宏美。
私の方から彼らに声をかけた事なんて一回も無いし、優しい言葉も笑顔さえも私に向けたことは無い彼ら、他の女子とは普通に接している姿もよく見かけるから、どう考えたってお互いに好意があるなんて思えない関係。
それでも、『本当はちょっと嬉しかったり?』なんて小学校からの友達に言われてしまうと言うのは、私にとっては結構ショックだった。