な……なんで?
「その制服なら恐らくは西中、じゃないか?」
私には見慣れない他校の生徒でしか無かったけれど、あの日見た制服の特徴を言うと練習試合で行ったことがあるという一条がすぐに思い当たった様子で
「塾行く時に通る学校だ、ってことは途中すれ違う可能性があるって事か……」
その校名に鳴木は、やっかいだな……と呟いた。
「昨日の事は判った、他には何も無いか?」
取り敢えず昨日の相手がぼんやりと判ったところで、鳴木にそう言われてサブバックの中からビニールに入れたカラフルなメモを出す。
「昼休みに優樹と香織にも手伝ってもらって開いてみたから、パリパリに乾いて広げてあるけど、四つ折りになって水で濡れてたの、字と紙から言っても、行動から言っても女の子じゃないかなって」
三人ともメモを手に取りながら顔をしかめる
「バカ、ブス、消えろ、うざい、調子にのるな? ……幼稚だな」
「けど、単純なぶん悪意は感じる」
「後、思いつくことは?」
そう聞かれて、机に入っていたもの繋がりででふと思い出す。
「あ~、新学期初日に机に土が入ってた……埃かと思ったけどあんな黒いしっかりしたホコリはないよなーって」
「そう言えば、おまえ新学期早々雑巾持ってたな……」
思い当たったように黒田が私を見る
「何であの時言わねーんだよ? 前兆かもしれねぇだろ」
「でも、体操着の中に土が混ざることとかあるし、窓開けてたら風が飛んで机の中にってこともあるかもって……」
「三階の廊下から二列目の机の中まで、風で入る土なんてねーよ!」
「ごめん……、それと、ね」
私の言葉に黒田が呆れる中余計言いにくけれど、皆が関わって居る以上言わない訳にもいかなくて
「まだ、なにかあるのか?」
こちらを見る一条に、小さく頷いて今日香織から聞いた話をする。
「二股三股に略奪……」
鳴木と一条が視線を合わせてため息をつく。
「私凄いね、噂が本当なら三人も彼氏がいるらしいよ、とんでもない女の子みたいだよねぇ? ……こんな噂が立っちゃって、皆にも迷惑掛けちゃうし、本当にごめん」
昼休みに香織に聞いた噂話。
内容もショックだったけれど、クラスでも広まっているって聞いたせいか、昼休み明けの教室で私を見る女子の視線のいくつかが鋭く感じたのを思い出した。
二年生の時はそんな視線はいつものことだったのに、三年生になってからは吃驚するくらい教室は優しい場所になって居ただけに、変わってしまうのかもしれないと思うと、胸のずんって重くなった気がして慌てて俯いた。
「謝るのは俺の方だ……」
けれど、一条の自分を責めるような小さな声と
「おまえ、最近漸く平和になったなんて言ってたのに……ごめん」
鳴木の辛そうな声が耳に入るのに、違う! って顔を上げる
「二人とも悪くないよ、謝らないで? それにこんな事は初めてじゃないし」
そう、手紙とか噂とか今迄だって有った事だ。
今回のケースは呼びだし先に何故か知らない男子が居たり、手紙も水浸しだったり少し手が込んでいるけれど、それだけだし、……教室のキツい視線だって浴びた事がないものじゃない。
「ちょっと、今までと毛色が違う……だけっ……」
そう自分にも言い聞かせて居るのに、だから大丈夫って言いたいのに、語尾が震えて、……ポタリと目から雫が落ちたのに驚いてしまう。
ま、まずい、何でこんなところで涙なんて?
「な……なんで? 本当にっ! だい…じょぶっ……なのっ」
余計気にするじゃないかと止めたいのに、思いがけなくこぼれたそれは、指先で抑えても流れ続けていて
「落ち着け、いくら慣れてるったってこれだけ重なれば疲れるさ、それに最近はこんなの無かったんだろ? 久々で驚いたんじゃねーのか?」
すると、黒木がハンカチを渡してくれた。
それは、キチンとアイロンのかかった大判のハンカチで、なんかイメージとは違って吃驚したけど、今はとにかく泣き顔を隠してしまいたくて、それを受け取って。
……根性の無い私の涙腺に強く押し付けた。