他におかしな事とか起こってない?
「優樹、昨日はごめん、ありがとう」
朝の教室で優樹に声をかける
「やっぱり行ったんだね……何か有った?」
何で判ったの? と思わず呟けば、あんたのやりそうな事位は想像ついたさ、と困ったように笑う優樹に昨日あったことを話すと
「思ったより面倒くさいね、それ……」
そう言って、形の良い眉を顰めた。
そんな話をしていると香織がいつものグループからこちらに来るのが見える
「おはよ紗綾、優樹……あのさ、今日の昼休みちょっと話せないかな? 聞いて欲しい話があるんだ」
「良いけど、教室で?」
「んー、給食終わったら屋上来てくれるかな?」
「判った」
珍しいなとも思って、何の話かを聞きたかったけれど、先生が教室に入ってきたので、私も自分の席に戻った。
鞄から教材を出すと、間に挟まっていたらしい次の授業のノートまで出てきてしまい、取り敢えず机の中に入れようとして
「……っ?」
指先にひやっと濡れた感触がした。
吃驚して覗き込むとなんだか濡れた紙みたいのが何枚か有る。
嫌な予感がしてそーっと一番上の塊から一枚剥がして取り出すと、4つ折りのメモが水浸しになったものだった。
ちらりと隣を見れば黒田は相変わらずの集中力で授業に集中して居るし、先生も黒板を向いて居るから大丈夫かなと、摘まんでよく見てみると透けて何か文字が書いてあるのが見える。
授業は開始したけれど、どうにも気になってハンカチで水分を取りながらそっと開けてみると消えろ、ブス なんて書いてあった。
言葉は幼稚だけれど、他にメモは何枚かありその全てにに悪口を書き、更に水浸しにして机の中に入れるという手間を考えるとその悪意にゾッとした。
とはいえ、いつ迄もそうしても居られないから、ゆっくりと深呼吸をすると気持ちを切り替えて授業に気持ちを向ける。
……けれど、未だ指先に残る机の中に手を入れた時の、心まで冷えるような濡れた紙の感触は、なかなか忘れられそうも無かった。
「ブス、ねぇ? ……こういうことをする心は表に出るもんだ、これを書いてる時の本人の顔こそ見ものだと思うけどね?」
「バカ、身の程知らず、消えろって、もうっ! そっちがだよ」
お昼休み、屋上に少し迷って例のメモをタオルに挟んで持って行った。
話が終わったら報告だけはしておこうと思ったんだけど、目ざとい香織になにそれ? って聞かれて、タオルを開いてそれを見せたら何でもっと早く言わないんだと怒られて、その後は一緒に水気を拭き取って開いてくれながら、二人はそんな事を言っていた。
「こんなもんかな? 気分は悪いけど一応証拠だし……捨てちゃうのもねぇ?」
カラフルな色とりどりのメモ用紙……それを重ねて渡してくれたのを受け取りながら、そう言えばと口を開く
「って、香織、そもそも何か話があるって?」
すると香織は私の顔を見てうーん……と唸りつつ、こんなの見ちゃったし余計話したくは無いんだけどね? なんて言いながら口を開いた
「なんかね~、最近妙な噂が広まってるみたいなんだ、みのりから黒田君を取ったとか、鳴木君と一条君と二股かけて居て、黒田君も含めると三股だ……とか?」
それを聞いて思わずため息が出た。
夏休み前に勉強会の集まる場所を変えたけれど、少し遅かったみたいだ。
「二年の頃も噂は多かったけど、最近は付き合っているとかって話にまでなっちゃってるわけね? 相変わらずの過敏さ……いっそ、噂を本当にして反応を見て見たいもんだ」
「優樹?」
そんな話を聞いて、彼女特有の皮肉交じりのタチの悪い冗談を口にするのを横目で睨むと、こんな時に限って綺麗に微笑んで、ん? なんて小首をかしげるのに毒気を抜かれ視線を香織に戻す。
「夏休み中に立った噂らしいけどね、外で一緒に居るのを見たとか聞いたし……実はクラスの友達にも聞かれたんだ、否定はしておいたけど一条や鳴木は人気も高いからどうしても気になるみたいで結構しつこくて、結構広まってそう、……紗綾大丈夫? こんなメモ用紙が入ってるし、他におかしな事とか起こってない?」
こちらは心配そうに私をを見るのに話だけはしておくべきかもしれないと、先日からの手紙の話と昨日の男子生徒の話をする
「それ、かなりヤバイじゃん、対処とか考えてるの?」
「うーん……対処というか、一応今日話を纏めて考える予定で居るんだけど、ただ、あまり聞かれたい話じゃないから、集合場所が特殊で……」
と、放課後の予定を言う。
「あんたと体育棟か、確かに結びつかないからいい考えだとは思うけど、ただ、ちょっと別の意味で目立ちそうだね」
「男子しかいない筈のサッカー部に入り込んで大丈夫か心配なんだよね? これが広まるとまた迷惑をかけそうで……優樹は今日は絵の提出日で来れないし、私一人だからダッシュで駆け込もうかなとか思ったんだけど」
「体育棟に行くこと自体は大丈夫だと思うよ? 部室にしろ何処も女子マネは出入りしているし、でも駆け込むのはねぇ? 変に焦ると悪目立ちするよ、って……そっか! 紗綾っぽくしなければいいんだ」
すると、香織は何かを思いついたように顔を輝かせた。
「紗綾、ジャージに着替えてってことは放課後直ぐってわけじゃないんだよね?」
「うん、着替えや掃除当番もあるし授業終わってから一時間位を目安にって」
「おっしゃ! 余裕だね、授業終わったら演劇部の部室にジャージ持って行って」
「えぇっ?」
「んじゃ、私は早速頼んでこないと! これで解散! 私はちょっと出てくるね~」
そう言って私達を置いて、香織は屋上から走って消えていった
「パワフルだね相変わらず、……ま、心配してくれてるんだし、偶には甘えたら?」
勢い良く開けられた扉を見つめる私に、優樹そう言ってすたすたと扉へと向かった。