誰?
「なんなんだよ、おまえ」
「ん?」
日直の仕事で黒板を拭いていく、幸い昼休み中だったために、流石に邪魔する暇な男子も居ない。
先ずは板書をざっと消して、その後クリーナーで黒板消しを綺麗にして、今度は端っこからゆっくり丁寧に黒板の粉を拭きとって……。
黒板を消すのは気持ちがいいから好きなんだけど、邪魔されることが多くてなかなかゆっくりすることができない。
久しぶりにピカピカになった黒板に満足し、教壇を降りようとした処、後ろから声をかけられ、振り向くと見慣れない顔がそこにあった。
やけに下の方から睨んでくるその顔に見覚えはない。
夏休み明けにに夏風邪を拗らせて一週間程寝込んだ私は何故か身長が伸びた。
寝る子は育つかな? って優樹に言ったら、成長期が来たんでしょうと笑われた。
ともあれそれで高くなった分、教壇の高さを抜かしても、なお結構ありそうな身長差とその不機嫌な顔つきに、2つほど下の従兄弟を思い出し思わず笑ってしまう。
彼も私が一気に背を伸ばして以来見下ろすとこんな顔をして私を睨む。
すると、その目の前の彼は更に不機嫌な顔つきになり
「何なんだよ、おまえ」
と、更に重ねた。
休み時間で人がほとんど居ないとはいえ、自分のクラスでもない教室に入り込んで人のことを睨んでくるこの人は一体何だろうと思い
「誰?」
と疑問をそのまま口にした。
すると、彼は吃驚したような顔をして私を見ると、そのまま教室を出て行ってしまった。
何だったんだ、アレは?
……そして、その疑問は一週間後の体育祭の時に一応解明した。
その日私は、生徒会所属の手塚香織の隣で体育祭の進行の手伝いをしていた。
学校行事では常に忙しい生徒会だけれど、体育祭は特に忙しく、なのに香織と組んで仕事をするはずの子が急に休んでしまって雑用を頼まれたのだ。
「ところで、日比谷さんは?」
「あー、サボっているというかぐったりしているというか……」
「え? 日比谷さんって運動苦手なの?」
そう、あの体つきで良く誤解されるのだが、実は優樹は運動が好きではない、というか嫌いである。
足も遅いし体も弱く疲れやすい、だから戸外で活動する部員が多い中、彼女は美術室から出る事は少ない訳で……、そんな事情からも、いつも必要最低限の競技に参加した後は物陰でぐったりしている。
非常に機嫌も悪いので、私もこの日だけは余り近寄らないようにしている。
なんだか、手負いの獣みたいなんだ……。
香織も小学校の時からの友達だけど、クラブで仲良くなった友達なので、クラスも違う優樹の事は余り知らないから、そんな話をすると少し驚いたように意外……なんて呟いていた。
「っと、このリレー終わったら、二人三脚の決勝だよね? 放送部に行ってこようか?」
「悪いね、紗綾、私はリレーの人数の確認してくるわ」
目で了解を伝え、放送部のブースへと私は駆け足で向かった。
「プログラムナンバー15 皆様お待たせ致しました、いよいよ、人気プログラム 色別対抗リレーになります、この競技は、1.2.3年の各クラスから代表の選手が色別に別れ100メートルずつ走ります、この競技による得点は……」
放送部のブースではこれから始まるリレーについてのアナウンスが始まっていたので、手元のメモに『その後、二人三脚の決勝の収集を西門前にお願いします』と書いた物を原稿めくりをしていたサポートの子に渡すと、黙ったまま頷くのにこちらも頷いて、香織の元へと戻る。
「お疲れ、私の担当はここまでなんだ、ありがと」
香織の元に戻ると笑ってそう言われ、ふうと息をつく、と
「きゃぁぁ!!! かっこいいぃ……」
「斉藤君!!! がんばってぇぇ…」
いきなり、ものすごい悲鳴が聞こえ吃驚してトラックを見れば、丁度目の前を青い鉢巻の長身の選手が駆け抜けていくところだった。
観客席からのものすごい声援
「なに、あれ?」
思わずつぶやくと、横で、香織がぎょっとしたように私を見た。
「知らないの!?」
「うん、なんか凄いねぇ?」
と、いうと深くため息を付き
「あれ、って、……D組の斉藤くんだよ、一年女子の人気ナンバーワン、スラっとした長身、抜群の運動神経、芸能界に居てもおかしくない甘い顔立ち、女の子にも優しいし……っていうか、知らないって、あんた、興味なさすぎでしょう」
「へえ~」
「因みに、月替わりで彼女が替わるって、なのにトラブル一切なし、どうなってるんだって噂もあって……」
「……なんだそれ」
眉を顰める私に香織は溜息をつくと、ふむ……などと呟いて。
「あんたも、色々大変なのはわかるけど、いい加減にもうちょっと現実を見ようよ? ま、ちょうどいいチャンスかも? お仕事は終わったし今日のお手伝いのお礼にレクチャーしてあげましょう」
私を見てにっこりと笑った。
「え~、どうせ人の顔覚えるの苦手だし、いいよ~」
「いーから、わが校の主なメンツが集まる色別リレーだし、ちょうどいいじゃない」
そう言って、楽しげに全学年の有名所上げていく香織の横で適当に相槌を打っていると
「あ……、鳴木」
「おや、めっずらしい! よく知ってたね、サッカー部の鳴木君、彼も割と女子に人気あるんだよ、成績は学年でもトップクラスだし……ただ、あまり女の子には興味ないみたいで喋ってる処殆ど見ないけど、ま、でもそこが硬派で格好良いって言われているね」
「へぇ、塾が一緒なんだよね、……でも硬派?」
塾で何かと私をからかってくる様子とはかみ合わなくて首をかしげていると
「んで、一緒に喋ってるのがあんたの天敵で……」
続ける香織の視線の先に自然に顔をしかめてしまう。
「あれはスルーでよし」
「まぁ、紗綾が一番知ってるとも言えるしね、戸田君も割と人気あるんだけどなぁ~、サッカー部活躍してるし、紗綾以外には愛想もいいし? ま、あの行動でガキぽいって言われて損してる部分もあるけど」
「ほんと、放っといてくれればいいのに……ってあれっ?」
鳴木と戸田がリレーの順番待ちで話していると、その会話にもう一人入ってきたのが見える……なんか、あの顔どっかで見たような?
「ね、香織、あのふたりと一緒にいる人って誰か知らない?」
「ん? って、紗綾~、一条君も知らないの? 斉藤君と同じクラスで、同じ位人気あるのに……、フルネームは一条和人、いつもきちんとセットされた髪にノーブルな顔立ち、学校だから余り見たことはないけど、同じ小学校の子が言うにはは私服もすごくおしゃれだったらしいよ、ちょっと背は低いけど、あの顔だしねぇ~ サッカー部だから戸田君とも知り合いなんだろうけど、クラスでは斉藤くんと一緒にいることが多くて、いつも可愛い女の子が周りに……」
「なんなんだよ、お前」
「え?」
「そう言われたの、この前」
顔を見て思い出したつい先日の話を香織にすると、目をまん丸にして私を見た。
「なにそれ? 紗綾なんかやったの?」
「ううん? 誰? って聞いたら去ったし何なんだろうと思ってた」
「誰……って、聞いたの? それは、まぁ一条君も得難い経験だったことだと……」
「普通知らないでしょう? 違うクラスの人の事なんか、私の事だって……あれ? 知ってたのかな? ほんと何だったんだろう」
首を傾げる私に香織はこめかみを揉みながら
「頭痛いというか、本当に紗綾は変なフラグを建てるのが上手いというか……まぁ、戸田君の友達なら知ってるんじゃない? ある意味、あんたも有名だし、しかし、一条君とまで知りあうとは、ちょっと面倒くさいかもね」
「知り合いとかじゃないよ? 別に」
「向こうからから声かけたというのが重要なのよ、他校にまでファンクラブがあるとかいう噂もあるし、紗綾は只でさえ女の敵が多いから気をつけなよ?」
「因縁付けられたり、絡まれたりして居るだけなのにどこを見てるのかね…」
いつでも変わってあげるのになと苦笑したら
「構ってくる相手によりけりだよ、紗綾はなんか面倒なのに係わりやすい、今のクラスで女子の敵意をかっている理由は判っているんでしょう? 構われてるってだけで妬む人もいるんだから、気をつけなよ」
なんて、真剣な顔で言われてしまった。