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紗綾 ~君と歩く季節~   作者: 萌葱
三年生 一学期~
62/117

俺では、駄目なのか? (side 一条)

 夏合宿の最終日、キャンプファイヤーの最中に喉の調子がおかしいのが気になり、薬を貰いに臨時の保健室になっている客室に向かった。

 合宿に念のためと同行した看護婦は、風邪を引いたかも知れないと言ったら、顔色を変えたけれど、喉の様子と体調を見て、恐らく潮風のせいで風邪じゃないと思うとうがい薬を俺に渡した後、家からの電話だと他の講師に呼ばれ、念のため夜風には当たらないほうが良いと俺に一言残すと慌てて部屋をて出ていった。


 一人きりになり自室に戻ろうかとも考えたが、慌てて出て行ったせいなのか鍵さえも掛けていない事が気になり、戻るまでは待とうかとそのまま窓の外のキャンプファイヤーを眺めていたら、勢いよくドアが開き

「あれ? 一条、どうしたの?」

 顔を覗かせ不思議そうに首をかしげるのは、藤堂だった。


 少し喉の調子が悪いが風邪ではなさそうだと言ったのに、心配げに眉を潜めて手をこちらに伸ばそうとするから慌てて距離を取る。

「何する気だ?」

「ん? 熱どうかなって思って」

「だから、無いって言ってるだろう!」

 そんな怒らなくてもいいじゃん……などと、拗ねた顔をするのに色々な気持ちをため息を付いて誤魔化す。


「ところで、お前はどうした?」

 見るからに元気そうな顔色と、相変わらず女らしくない勢いのいい動きに大したことではないだろうと思いつつ、ここに来るということは何かあるわけで……。

「外出る前に虫よけスプレーいっぱいしたのに、蚊に刺されまくっちゃって……」

「は?」

「家からも薬持ってきたのに使い切っちゃったよ……みてこれ」

 などと言いながら数箇所ほど赤くなっている所を上げていくが、二の腕の裏の柔らかそうなところとか、スカートをめくって脹脛のところなどを俺に指し示していく姿に逃げ出したい気分になる。


「うわぁ、何かすっごい腫れたきたよ~」

「あら、どうしたの?」

 先ほど出ていった看護婦が戻ってきて、藤堂をみて驚いたように声をかける

「蚊に刺されちゃったので薬を貰おうと思ったんですけど、一箇所凄い腫れてきちゃて……」

「あら~、やぶ蚊は町中のより毒性強い時があるのよね、痛々しいけど心配はないわ、薬を塗って、一番ひどいところは冷やしといたほうがいいかしらね」

 テキパキと氷嚢を準備しながら

「貴方達、まだここに居る? 私もう少し連絡をしなくてはいけなくなってしまったの、だから鍵を閉めに来たのだけど、一条君は夜風は当たらないほうが良いでしょうし、藤堂さんもここで冷やしていくなら、もし誰か来たら私を呼んでもらえたらありがたいのだけど……」

聞いて来るのに

「あ、大丈夫ですよ、ここからならキャンプファイヤー見れるし、もう刺されるののは嫌なので此処に居ます」

 俺が口を開くより先に藤堂がそう答えるのに、看護婦は

「ありがとう誰か来たら102に居るから」

 と言って出ていった。


「夜風にって、……本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ、お前はいいのか? 戻らないで」

「未練はあるけど、流石に体中痒くてちょっと戻るのはなぁって、虫除けスプレーあんなに撒いたのにな」

「よっぽど美味いんだな、おまえの血」

「嬉しくないよ」

 俺の言葉に眉をしかめて、ふと何かが気になったかのように窓の外を見る

「夏も終わっちゃうね……」

 らしくもなく、寂しそうにそんな事を言うから思わず笑ってしまう。


「あれだけ泳いで泳ぎ足りないのか? まだ」

「それだけじゃないじゃない? 一夏(ひとなつの恋とかさ」

 何の気なしに返した言葉に戻ってきた、予想外の返答に思わずその顔を見つめてしまう

「なんてね? そう言えば莉緒がそんな事言ってたなぁって、思っただけ、……あり得ないけど、受験生だし、それどころか私の周りって恋愛どころか私を嫌ってたり怖がる子ばっかりでそれ以前の問題だよね~、…… 一条はいつでもその気になればよりどりみどりだけどさ」

「馬鹿言うな、誰でも何でもいい訳ないだろ、鬱陶しいだけだ」

 俺の気持ちも知らずに、のほほんとそんな事をいうのに思わずキツく言ってしまう

「自分を好きになってくれた人の気持ちを、そんなふうに言うのはどうかと思うけど?」

「だったらお前は、よく知りもしない奴に、付き合って下さいとか言われて付き合うのか?」

「すぐお付き合いとかは難しいかもしれないけど、友達からならどうかな? 友達だって最初はよく知らないところから始まるでしょう? 私を好きになってくれる人なんて、きっと今までの私を知らない人だよ」


 好きだと言って来る相手にお友達になって欲しいなんて言葉は、お断りの常套句な事すら知らないのかと呆れるし、そもそも友達と恋人は違うだろうとも言いたくなるが、それよりも続いた言葉に引っかかった

「それは……お前の側に居る奴は好きにならないってことか?」

「そんな物好きは居ないよ、凶暴、乱暴、女らしくないってどれだけ言われたか、いいけどね? 確かに私女の子らしく無いし、そんな風に私を嫌う人は私だって好きにならない」


 藤堂にすれば当り前の発言、でもその言葉は容赦無く俺の胸に刺さり、思い出すのは昔藤堂に言われた言葉。

 『例えば、そうだな、私が一条を好きになったりすると思う? お互いあり得ないって思うでしょ?』

 こいつにとって俺は『今もこの先もずっと対象外』で、松岡が言ったように、誰かに目覚めさせられるおまえを俺はいつか見ることになるんだろうか?

 遠くを見るような瞳をしながら窓の外に視線を向ける横顔を、言葉もかけられずに見つめていると

「どこかに居てくれるかな? 私を好きになってくれる人」

 小さく呟いた言葉に突然、制御できない感情の固まりが込み上げるのを感じた。


 ここにいる。

 好きだ……ずっと、……俺では、駄目なのか? 



「お留守番ありがと、助かっちゃったわ」

 ほっとしたような言葉と共に看護婦が入ってきて、腕の腫れはどう? などと言って藤堂の腕を覗き込んでいる。

 俺はと言えばこみ上げて溢れそうになった想いと、冷静になればそれを伝えることもできないと判る理性に挟まれて苦しくて。

「喉……調子悪いので部屋に戻ります」

 そう、ことわり部屋を出た。


 ギリギリ、だった。

 俺に特別な人間ができることをなんとも思わない素振りに傷ついて。

 今側で自分を見つめている視線などまるで気がつかないまま、見知らぬ誰かを恋うような言葉を聞かされて。

 ――あの時、看護婦が戻らなかったら。


 俺が動けないまま、藤堂が他の誰かと恋に堕ちるかもしれないなんて、待つと決めたその時に、覚悟はしていたはずなのに実際はあんな言葉一つで理性が壊れそうになった。

 そんな遠くを見るなって、俺を見てくれって……たまらなくなって、気持ちを押し付けてしまいそうになった。


 早く目覚めてくれと思いながら、本当は恐れても居る。

 一番高い可能性は、きっとあいつが誰かに恋をした時。

 俺以外の誰かを藤堂が見つめ出したら、俺は……


「一条~」

 ぐるぐるとそんな事を考えて気分は最低だが、かかる声に無視することも出来ない。

 ため息を付いて足を止めて振り向くと

「あぁ、やっぱ顔色よくないね、これ、看護婦さんが寝付けないようならおでこに貼ってって、それと熱が出たり、気持ちが悪くなったりしたら夜中でもいいから部屋に来なさいって」

 そう言って冷却シートをを差し出して居る。

 大分近づいたけれど、まだ少し俺より高いあいつに首をかしげて顔を覗き込まれるのが悔しくて、こんな顔を見られたく無いのもあり俯いたまま、受け取った。


「調子悪いのに、ごめんね、あんな事言って、一条が女の子に苦労しているのは知ってたのに……」

 けれど、声音に後悔を滲ませて謝ってくるのに驚いて顔を上げると

「じゃぁ、お休み、お大事に」

 柔らかく気遣うように微笑んでくるりと背を向けた。


 ここまで突き落としておきながら、気遣ってみせたりするから、また胸の奥に届けられない想いが降り積もる。

 俺の感情をいつも揺さぶる癖に本人はまるで無自覚で……。

 これ以上伝えることもできない想いが積み重なるのは、苦しいばかりだと分かっているのに、部屋に戻って行く背中から視線を外す事すら出来ないでいる自分に苦い笑いがこぼれた。

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