帰ったらコーラな? (side 鳴木)
「あ~、負けた~」
俺が島にたどり着いた少し後に到着した藤堂は、少し悔しそうな顔で俺を見ながらに砂浜を上がってくる
「帰ったらコーラな?」
そんな様子を見るとつい、つつきたくなって声を掛ければ
「判ったよ」
頬を膨らませながら、答えるのに勝ち気なのは相変わらずだとおかしくなる。
「一休みして戻るか?」
「そうだね、……っ! いたた……」
歩きながら、邪魔にならないように一本に結んでいた髪を指で梳くも、海中で絡まってしまったらしく指が引っかかり顔をしかめている。
「うわぁ~、ぐちゃぐちゃ! ……ちょっと行ってくる」
そう言って、くるりともう一度海の方へと向き直ると、勢い良く海へ飛びこみ、暫くして海中でゴムを解いたのか長い髪を纏い付かせながらもう一度顔を出した。
俺より頭半分ほど低いものの、女子にしては長身のすらりとした体を包む紺色の水着。
身長のわりに子供っぽい気がする、柔らかそうな頬に囲まれたその顔を囲むいつもはふわふわをした長い髪は今は濡れて、ボリュームを無くして緩やかに波打ちぽたぽたと水滴を垂らしている。
「こうした方が早いんだ」
そう言いながら髪を絞りつつ俺に近づくと、後でいいか……なんて呟いて髪を背中に流して、そのまま俺の隣にすとんと座った。
「やっぱ、鳴木には勝てないか~」
童顔のわりにその表情をきりりと見せている感情豊かな強い瞳を、今が盛りの日差しに少しまぶしげに細めながら、さっきまでの悔しげな様子を消して、今度は楽しげに俺を見つめて笑いかけてくるのに少し焦る
すんなりと伸びた手足を晒した無防備な姿と、手を伸ばせば触れそうな距離に、こんな格好で二人きりだと言うことを急に意識してしまった。
二年半という長いのか短いのか判らないこいつとの時間、同じ学校で同じ塾、クラスまで同じだったのに、こんな風に二人きりでゆっくりと居た記憶はあまり無い。
……だけど、本当はずっともっと近づきたいと思ってたことに最近気がついた。
だから、こんな風に二人きりで居られるのは嬉しいけれど、いつもより早いトクトクと存在感を主張する胸の音に少しまずいような気もして、あえて藤堂の方を意識しないようにして、見た目より距離があった砂浜をを眺めながら、目立つパラソルを見つけて一条達はあの辺かなどど考えていたら
「どうしたの? 疲れた?」
「うわぁ!」
俺の方に身体を乗り出して、急に目の前に顔を出すから思わずのけぞり、そのままバランスを崩して砂浜に転がる。
「そんなに吃驚するかなぁ?」
砂にまみれた俺を見て、不思議そうにこちらを見つつ伸ばす手に、触れてしまいたくなるのを堪えて
「おまえなぁ~」
自力で立ち上がって、体についた砂を落とすのに海に向かう。
「ごめん、だって急に黙るからなんだか寂しくて」
背中にかかる声に振り向けば、しゅんとしつつも、少し拗ねたように唇を尖らせているのが目に入り、ため息が出た。
――こんな時にそんな顔でそんな事言うなよ、本当にお前は危なっかしい。
砂を落とすのに海に向かい、ざぶりと深く潜って頭も冷やしながら、冷静さを取り戻して行く。
久々の二人きり、もう少し近くなりたいという気持ちがないわけではない、けれど……いつもならこんな時、藤堂の側に居る筈の二人のことを思うとやはり後ろめたく思う。
勿論、目立つ彼女達が純粋に心配だったのもあるだろう、だけど一緒にいることを放棄してまで向こうに付いて行ったのは、……多分こいつの為だ。
一条があっさりと俺とこいつを二人きりにさせたのには少し驚いたが、松岡に何か有って藤堂が傷つくことの方を心配したのだろうと思えば、藤堂に関してはいつも自分の想いを後回しにする所がある一条らしい選択だとも思えた。
黒田も、藍沢と来栖の心配をして顔を曇らす藤堂をちらりと見た後あんなことを言い出したのを考えれば、何故街に行くことにしたかなんて事は想像に難くない……その裏にあるのが友情か恋心なのか迄は俺には判らないが。
いずれにせよ、結果藤堂を俺一人に預けたあいつらのことを思えば、この時間を利用することはちょっと出来ない。
それに、戻れない程明らかにしてしまったら、きっともう側には居られなくなる。
こいつの心は未だ眠っているままだ……。
「悪い、日差しでぼーっとしてた、帽子もないし、ちょっとヤバイかもなここ」
海中から顔を出すと、藤堂も波打ち際まで歩いて来たらしく足下を波にあらわわせているのに声を掛ける
「日射病になっちゃうかも? ん~、でも日陰とか無いね、この辺」
すると辺りを見回しながら、おっきな木でも有れば良いんだけどね? なんて言っているのに軽く頭痛がする。
――こんな状態の俺が、おまえと木陰なんか行けるはず無いだろう……。
「仕方ない戻ろうぜ、体力平気か?」
「うん、問題ないよ、あ、帰りも競争する?」
途端、楽しそうに輝きだす瞳に、もう少しだけここで二人きりで居たいと思う。
けれど、判断力を鈍らせる強い日差しの下、むき出しの素肌を晒した水着姿で、くるくると表情を変えながら俺に笑いかけてくるおまえのせいで……それに必要な理性がもう底を尽きかけていた。
だから
「追いつけるか、出来るものならな」
なんて笑ってみせて、もう一度海に潜った