人慣れしない臆病な猫のような (side 鳴木)
雨の日は電車で、晴れの日は自転車で、少し遠くにある塾を選んだ為に俺はそうやって通っていた。
今日は朝から曇りがちではあったけれど、まぁ、大丈夫だろうとリビングのキーケースから自転車の鍵を取ると、ソファーに座って茶を飲んでいた爺ちゃんに、今日は電車で行けと言われた。
釣りが趣味で天気を読むのが得意な爺ちゃんの言う通りに、塾の終わり頃には結構な勢いで降り出した雨に感心しつつ電車を降りようとして、同じ電車の二つほど先の車両に乗ったはずのあいつが降りてこないことに気が付いた。
不思議に思って乗り込んだはずの車両を覗きこんだら、手すりに頭をもたせかけながら思いっきり寝こけているのを見つけてしまった。
「藤堂! ……起きろって!」
こんな時間に寝過ごせばいったい帰りはどうなるのかと思い、もう一度乗り込み声をかけると
「ん……、え? 鳴木?」
「鳴木? じゃねぇよ、お前降りる駅乗り過ごしてねぇ?」
ぼうっとしながら目を開き、鳴木? などと呟き、やがて状況を理解するのとドアが閉まるのが同時だった。
「あああ……、また、やっちゃった」
「ま……た?」
「あはは、三回目?……位?」
「お、まえ……ボケすぎだろう」
言動に天然さがあるのは気がついていたが、それにしたってあまりの抜けっぷりに呆れていると、隣の席に膝においた塾の鞄を置いて、ん~、なんて伸びをして、塾の時は下ろしていることが多いその髪の毛が頬に纏わり付いていたのをうっとうしそうにふるふると首を振って居るのに、何だか猫みたいだと思う。
そうやって、ふうとあいつが息をつくと、ゴトンと電車が揺れて次の駅に電車が止まった。
「お、着いた、降りるぞ」
「あ、うん」
電車から降りて、乗り換えのためにホームを変えようと歩くと藤堂が不思議そうに俺を見る。
「あれ? ここじゃないの? 鳴木の家ってここから乗り換え?」
俺は電車を使う時にこいつを見かける事があったから、藤堂が同じ駅を使っている事を知っていたけれど、こいつは全く気がついていなかったらしい
「俺もお前と同じ駅だよ」
そう言うと
「ええええっ!」
目をまん丸にして驚いている
「声、でけーし……」
「ご、ごめん、え? でも何で?」
「同じ電車だったんだ……でも、お前は降りてこないから、おかしいと思って覗いてみたら、のんきな顔で寝てるし、起こした方がいいかと思った」
「……ごめん」
珍しく、申し訳なさげに俯くから
「いーけど、一駅くらい、でも三回目って親心配しないか?」
そう言ったら
「そーなんだよねぇ~」
なんて、困ったように笑っていて
「あれ? でも鳴木っていつも電車だった?」
「雨の日はな」
そのまま、並んでホームへ向かう通路を歩きながら、本当に普通の事を普通に話している事に気がついた。
……初めてかもしれない、こんなに穏やかにこいつと居る事なんて。
けれど、丁度ホームに着いたと同時に電車の到着を告げる短いチャイムの音に、何かに気がついたようにびくりとして、戸惑ったような顔で俺を見た藤堂は
「……じゃ、じゃぁね、ごめん」
言いながら、ホームの端まで走って、丁度来た電車に飛び乗ってしまった。
学校でのあいつの様子はクラスが違うしあまり知っているわけではない、けれど弱みを見せまいとしているのか、乱暴だの凶暴だの言われるほど気丈に振舞っているのを見かける事はあって。
塾では、賑やかで明るく、俺を追いかけ回すような所はあっても、その口元には笑みが有り、学校での攻撃性は微塵もない。
驚くほどの二面性、殆ど二重人格とでも言うんじゃ無いか、と思う。
でも、どちらの藤堂も気弱なところはないように見えるのに、両方を知っている俺と二人きりになった時だけ、時折どうしたら良いか分からないように戸惑い、落ち着かなげに瞳を揺らすあいつ。
慌てたように俺の前から去って行く後を姿は、さながら人慣れしない臆病な猫のようだと思った。




