そのままでいいの? (side 松岡)
「良かったの? 私と一緒で」
海辺の砂浜に設置してある大きなビーチパラソルの下に並んだビニールベンチに座って、たまに海のほうを眺めながら雑誌を読んでいる一条くんに迷いながら声を掛けた。
「一緒に行きたかったんじゃないの? ……泳ぐの嫌いじゃ無いんでしょう?」
「言ったろ? あの馬鹿二人と付き合ってたら体力が持たない」
「でも、一条君も行くといえば、二人だって加減はすると思うのだけど」
それに、幾ら紗綾が女の子にしては体力や筋力があるにしたって、強豪サッカー部のレギュラーである彼が体力で負けるとは思えなかった。
昨日の自由時間の後の夜の学習でも、鳴木君と同じくらいは泳いでいたけれど、全く疲れたそぶりは見えなかったし……。
こんな言い方は好きじゃないけど、私とこうやって二人きりになるタイミングを狙ってくる男の子は初めてじゃない。
でも、どう考えても彼はそんなタイプじゃ無いし、それにこうして二人で並んでいても私に話しかけるでも無く、雑誌を読みながら時々海の方を眺めている。
そうずっと海ばかりを見ている訳ではないけれど、ちらりと見える横顔が切なげにも見えて、無理をしているんじゃないかと気になってしまった。
「お前を一人にしとくのはまずいと思ったんだ」
すると、ふう……ってため息をついてそんな事を言っている
お昼の時の会話で、私や莉緒達を彼らが心配してくれたのは知っていたけれど、でもまさか本当にそれだけの為に隣に居る事を選んだなんて事は少し違和感が有る。
確かにここ最近は一緒に勉強会とかするようになって、会話は増えたけれど元々彼とはそんなに接点が多かった訳でもない。
それに、この海岸は家族連れも多いし、泊まっているペンションの真ん前でもあるからトラブルがあれば助けを呼ぶのはたやすい……だから、そこまで心配するほどじゃないとも思うのだけど。
そんな事を考えながらつい、目の前の彼をじっと見つめてしまうと
……やっぱり、あいつと違って鈍くはないな、なんて言いながら困ったような顔をした。
「昨日もおまえを気にする視線は結構有ったから、誰かと居た方が良いと思ったのは本当だが、後は……藤堂が気にすると思ったんだ、」
「紗綾?」
「あぁ、お前達に何かあったら、きっと自分を責める、一緒に買い物に行けば良かった、砂浜にいれば良かった……とかな?」
「そんな、だって、それは私達が自分で選んだことで……」
「あいつの学校での話、聞いてるか?」
「あまり話したくないみたいで詳しくは知らないけれど、何となくは……」
「あいつが言ってない以上詳しくは言えないが、学校で色々トラブルがあって、敵が多かったんだ、それもあって、あいつの側に居る人間に何か有ることには少し過剰なほどに反応する、もともとお節介な所があるとも思うけどな」
お節介……というか、確かに面倒見は良いと思う、莉緒や皐ちゃんの質問にもよく答えているし、何より黒田君に対して、この時期に塾に紹介するだけじゃ無くて、その後も殆どいつも一緒に居て勉強を手助けしていたのは少し吃驚した。
「あいつは塾がとても大切なんだ、それって多分お前達が居るからで、だからこそあいつは学校でキツい思いをしていても、乗り越えて今までやってこれたんだろうって俺は思っている」
私だって紗綾は大事な友だちで、大好きだけれど、彼にはそんな風に見えてたのかって思ったら心が暖かくなった。
そして、同時に彼が紗綾の気持ちを守ろうとしている事で彼の心の奥が見えた気がした。
二年生になって入塾して早々から紗綾と険悪な関係だった彼、戸惑う私達に彼女は『多分あいつは、私って存在が相当目障りなんだと思う』なんて言って苦笑して居た。
言いがかりの様な言葉をぶつける彼に、思わず横から言葉を挟みそうにもなったけれど、これは私とあいつのそりが合わないってだけの問題だと思うから、手を出さないで欲しいと紗綾は言うから、ずっと見て居ることしか出来なかったあの頃……。
だけど、そんな彼はやがて紗綾にきつく当たることは無くなって、彼女も彼の側でも笑顔を見せるようになったから、蟠りは解けたのだとほっとしたのだけれど……、ずっと不思議でもあった。
普段の彼は冷静で決して気に入らないからと言って女の子に攻撃するような男の子では無かった。
一緒のクラスだったから接する機会もそれなりに有って、その時も冷たい位によそよそしかったけれど、その振る舞いは丁寧とも言えるほどで……そんな彼が何故紗綾にはあんなにもきつくあたっていたのか
今の彼はあの頃が嘘のように、紗綾にきつく当たることは無いし、私達とも穏やかに接している、けれど考えてみれば、その作り物めいて見える端正な顔に様々な感情を浮かべるのは殆ど彼女の事、だった。
そう考えればどちらの彼も、特別なのはたった一人……。
「言わないでいいの……?」
なのに今は側に居てもわからない位気持ちを隠しながら、彼女の周りごと守ろうと私にまで気遣う姿に、踏み込んで良いかも判らないまま、思わずそんな事を言ってしまった。
「言えない、な、……俺はあいつに以前理不尽な感情を押し付けていた、視界に入ると波打つ感情の理由さえ気がつかないで、苛立つままにあいつにぶつけていた……二度も、あいつにそんな理不尽な気持ちをぶつけたりする事は出来ない」
すると、そんな事を言って気弱な笑みを見せる。
「理不尽って! ……あの時は兎も角、今は」
好きって気持ちはそんな悪い事? 自分の感情を貶める言葉に何故そこまで押し殺すのか判らなくて、思わず強く言ってしまう
「目覚めても居ないのに、望んでも居ない相手から気持ちを押し付けられる、それは理不尽とは言わないか?」
けれど、想いを押し殺ししているかのような強い目でこちらを見つめられて思わず言葉を失う。
確かに彼は昔、間違って居た。
でも紗綾はその事を引きずっては居ないように見えるし、何より普段見せないようにしている彼の想いが痛々しくて本当にそのままで良いの? って思ったら、言わずに居られなかった
「起きるのを待っていると、誰かに先に起こされてしまうかも知れないよ?」
余計なお世話だと怒るかもしれないとも思った、でも、彼はそんな事は何度も考えたとでも言うように落ち着いた声で
「あぁ、いつか後悔する時が来るかも知れない、でも俺の事で悩ませたくないんだ、今はこんな時期だし、……なんて、側に居ることも出来なくなるのが怖いだけかも知れないけどな?」
そう答えると、自嘲するように少し笑って、私から視線を逸らすとそのままその視線を海に向けて。
……それは遠い人影を探しているようにみえた