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紗綾 ~君と歩く季節~   作者: 萌葱
三年生 一学期~
58/117

まったくもう (side 藍沢)

「受験勉強で夏休みらしいことも出来ないから、みっちり勉強の代わりに少しは行楽地でって、その心使いはありがたいと思うよ? でもさ? これだけの海を前にして、毎日ちょっとだけ泳いでいいって、これってかえって辛いって思わない?」

「ちょっとって思ってるのは紗綾くらいよ? 私はあれだけ泳げば十分、日に焼けるし、泳いだ後は体力全く残らないし、海水浴は昨日で満喫しきったわ」


 夏休みの半ばも過ぎた頃、私達は塾の夏季合宿に来ていた。

 海が見えるこじんまりしたペンションでの三泊四日の滞在は、夏休みは旅行らしいことは諦めていた私達が唯一楽しみにしていたものでもあった。

 とはいえ基本は勉強だから予定の殆どは勉強時間。

 ただ、お昼の後は3時間ほど自由時間が振られていて、その時間だけは観光地である街へ遊びに行くことも、目の前の海で泳ぐことも許されていた。


 初日は久々の海! とはしゃぐ紗綾につられて、丸々付き合ってしまったけど、授業はその後にも有ったため、眠らない様にするのが精一杯で、そんな私達を見て、講師の先生には泳ぐのは体力と相談して程々にしておきなさいと言われてしまった。


「こればっかりは、ちょっと紗綾に付き合ってたらもたないから、今日は皐と買い物行くわ」

「え~、残念だけどしょうがないか」

「松くんは本を読みたいから砂浜までは行こうかなって言ってたわよ? 泳ぐのは無理だけどって、鳴木君たちも泳ぐんでしょうし、私達が居なくても大丈夫でしょう?」

 そう答えると、昨日はあれでも私達に気を使って抑えてたのだろう紗綾は、一瞬男の子だけだったら手加減なく泳げるかも! とでも言う様に瞳を輝かせるからおかしくなってしまう。


「折角の海なんだもの、泳ぐだけじゃ無く一夏の恋とか、ほらクリスタルサマーみたいな」

 軽々しいナンパに答えろとは言わないけれど、少しくらいの女の子らしいときめきを持って欲しくて、いつか貸した小説、海辺での男の子との出会いの話を例えに出したら

「ええっ、莉緒が!? 伊達君は?」

なんて

「やあね? 紗綾よ」

 そう言ったら、きょとんと不思議そうに私を見た後、あり得ないなんて噴き出した。


 まったく……紗綾と来たら自分に向けられている視線にまるで気がついていない。

 すらりとした体つきに意志の強さを感じさせる強い瞳、そんな風にパーツは大人っぽいのに、きょとんとこっちを見る姿は小さな子供のようで、思わず抱きしめたくなる皐の気持ちも判るのだけれど、……そんな彼女の恋を知った姿を見て見たいとも思ってしまう。

 それに、塾ではいつでも楽しげだけれど、学校で辛い思いをして来たっていうのは薄々判って居る。

 恋は人にとても強い力をくれる、何より守ってくれる人がそばにいればもっと楽になるんじゃないかって、この合宿で彼女を見つめる視線に気がついたら、何か変わらないかなって思ったのだけど……。

 そんな事は考えもしないという風に、尚もナイナイ……なんて笑う姿に

「まったくもう……」

 思わず、ため息をつきながら、一体この子の心を目覚めさせるのはどんな人だろうって、それはとっても大変だろうなって、思った。


 

「藍沢と来栖だけで買い物ぉ~? それ危なくね?」

 お昼ごはんの時に自由時間の計画を話していたら、黒田君が呆れたようにそんな事を言って

「そうだな、夏休みの観光地だけあって、ナンパとかも多いし……」

 と、鳴木君も眉をひそめた

「藤堂は、まぁ聞くまでもねえけど松岡はどうするんだ?」

「私はビーチで紗綾でも眺めながら日陰で本でも読もうかなって、読みたくて持ってきた本があるんだけど全然進んでないのよね」

「それも、結構面倒起こしそうだが……」


 言われて、皐と二人は危ないかなと心配になる、それに松くんも目を惹く美少女、彼女が一人で海辺に居るのは危ないかも?

 少し予定を見直すべきかしら? そう思うと、さっきまで泳ぐ事で頭が一杯だった様子の紗綾も不安げな顔をし始めた。


「街の方に行くなら本屋寄ってくれれば、付き合ってやろうか?」

「本当?」

すると、黒田君がそんな事を言ってくれる

「ちょっと欲しい雑誌があるんだ、先に寄ってくれれば買い物中に暇も潰せるし」

「付き合ってくれるのは嬉しいけれど……海は良いの?」

 いつも紗綾と一緒の彼がそんな事を言い出すのを少し意外に思って居ると、付き合いきれねーよ、なんて苦笑しつつ、だから連れてけ、なんて言ってくれた

「ありがとう、大丈夫と思ってたけど、ちょっと怖いなって思ってたの」

 その申し出をありがたく思いながら、だったら松くんも買い物に誘おうかなと思ったら

「俺も今日はビーチだから、松岡は近くに居てくれれば対処くらいは出来る」

 一条君が言うのに松くんがえっ? と目を丸くする

「あの馬鹿二人に付き合ってたら体力がいくら有っても足りないが、折角こんな所まで来たんだしな」

 読書の邪魔はしないから、構わないか? という彼に頷きつつ

「馬鹿二人……って」

 そう言って松くんまで紗綾と鳴木君の方を見るのに

「ちょっ! 松くんまで何で、こっちを……」

 彼女は心外だと慌てるけど

「ま、いいんじゃないか? 思いっきり泳げるのはちょっと面白くないか?」

 楽しげに鳴木君にそう言われてケロリと嬉しそうな笑顔になる。

「じゃ、午後は砂浜からから見えてた島まで競争しようか!」

「いいな、何か賭けるか?」

「負けたほうが勝った方にジュース一本!」

「よし、乗った!」


「やっぱり馬鹿二人じゃないか」

「まったく、……どうなってるんだアイツらの体力」

「紗綾の体力は別格ね~」

 そんな二人に呆れる皆の気持ちも分かるけれど、彼女が泳ぐのをどれだけ楽しみにしていたか知っている私は仕方ないかとも思う、でも

「紗綾、ちゃんと日焼け止めを塗らないと駄目よ?」

 すっかり泳ぐことに頭が行って、海辺の日差しの強さを忘れてそうな彼女にこれだけ言っておかないと、と声を掛けるも

「多分、聞こえてないと思う……」

 松くんがため息がをつきながら、私の肩を叩いた。

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