逃げなくていい
「これからはそこまで付き合ってくれなくても大丈夫だ、これ以上頼りすぎて、お前居ないと出来ないってなっても困るだろ?」
この前のプリントが終わって、新しい課題を受け取った黒田。
いつものように放課後それを広げ出すのに手伝おうとしたら、そんな事を言って、少し困ったような顔をするのにお節介過ぎちゃった? って少し焦った。
優樹にもたまに従兄弟の話なんかすると、あんたも構い過ぎ! なんて呆れられているから……
「……って、おい、そういう言う意味じゃねえよ! 誤解すんな、お前が居なかったらこんなに早くここまで出来てねえって」
だけど、黒田は慌てたようにそう言って、ありがとなって言ってくれたから
「判った、じゃぁ、困ったらいつでも言ってね?」
そう言って、黒田と別れて早く帰ってきたんだけど……。
久々にぽっかり空いた時間をもてあまして、お気に入りの並んだ本棚を眺めながら、そう言えば最近本屋さんにも行ってないな~、なんて思った。
「うっわー、もうすっかり夏だね~」
塾のあるビルの上の階には、この前一条と行った眼鏡屋さんや文房具屋さんなどが並んでいて、見て回るだけでも結構面白い。
ここの所忙しくて来ては居なかったので、いつの間にか違う季節のディスプレイになっているお店をきょろきょろしながら本屋さんにに向かって歩いていると、途中にある楽器屋さんに見覚えのある顔を見つけて、自然に足が止まった。
げっ……あれ、鷲尾だよね?
三年生になって私に絡む男子は殆んど居なくなった中で、未だに、私の姿を見るたびに余計な事を言ってくる相手。
流石に髪を引っ張ったり教科書を取り上げたり、廊下で通せんぼすると言った子供じみた真似はしなくなって居たけれど、面倒な相手であることは間違いは無い。
何でこんなところに居るんだと思いつつ、気がつかれないうちに通り過ぎようとしたけれど、ふと顔を上げたあいつとばっちり目が合ってしまい……。。
瞬間、踵を返した。
こんな場所でまで絡んでくるとか、まさかとは思うけど下手に追いかけられてこのビルにある塾のを事知られることは、絶対避けたかったから。
でも、久しぶりの本屋さんも諦めがたくて、未練がましく振り向くと、会計に並んで居た筈の鷲尾はそれを済ませたのか、こちらに向かって来るのが見えて嫌な予感がする。
こんな所でもめ事を引き越すのは勘弁して欲くて、どうやってまこうかと早足で歩きつつ考えて居たら
「藤堂?」
同じフロアに有る文房具屋さんに居た鳴木にどうしたんだと声をかけられた。
答えようとは思うけれど、そんな事をしていたら追いつかれそうだし、落ち着かない気分で再度後ろを振り向いたら、同じ物を見たのだろう、なるほどな……なんて言って私の腕を掴むと、逃げなくていいとか言いだした。
何を言い出すのかと足を止めると鳴木は手を離したけれど、その間に追いつかれちゃったみたいで、目の前に立つ鷲尾が案の定
「こんなところで何してるんだよ、相変わらずうっとうしい奴」
なんて絡んできた。
――うっとうしいなら無視してくれれば良いのに、わざわざこんな場所で迄声を掛けてくるなんて。
けれど、私が口を開く先に、鳴木が背中で私を隠すように前に出て
「いい加減にしたらどうなんだ? こいつがお前に一体何をしたというんだ」
鳴木にしては珍しいきつい口調でそんな事を言っている。
「鳴木まで何でこんな所に……、おまえは関係無いだろ? どけよ」
「どかない、 いい加減ガキっぽいと思わないのか?」
「なんだと? 俺はそいつが生意気だから……」
「こいつが気にくわないなら近寄らなきゃ良いだろ? 構うなよ」
「……っ、いいからどけよっ!」
らしくも無く冷たい声音の鳴木に、益々冷静さを失って行って居る気がする鷲尾、けれど目の前の背中は私に出るなと言っているように、頑なに鷲尾との間の壁になっていて……
「背中で庇うとか、お前は藤堂の彼氏か? どんな趣味してんだよ、ありえねー」
どう言っても私の前をどかない鳴木に、喧嘩腰だった口調を改めて今度はあざ笑うようにそんなとんでもない事を言い出す鷲尾
「そんっ」
……な訳無いでしょうって、流石に口を出そうとしたんだけれど
「だとしたって、お前には関係無い事だろ、……行くぞ? 遅れる」
「なっ……」
私の答えをかき消すように、ある意味負けてないほどとんでもない返答をした鳴木は、呆然としている鷲尾を背に私の手首を掴んでぐんぐん歩き出した。
「な、鳴木? そこはしっかり否定しようよ、完全誤解したよ、あれじゃ」
「それで大人しくなるなら、それでもいい気はするが、……何か困るのか?」
妙に真顔でそんな返事が帰ってくるのに驚く。
「困るのはどっちかと言うとそっちだよ? それに私は鳴木を厄介ごとに巻き込みたく無い」
すると、鳴木は少し目を細めて何か言いたげに私を見た
「な、……なに?」
「おまえは……」
けれど、何かを言いかけて開いた唇をそのまま閉じて、すっと視線を落とした
「なにも、そうだと言ったわけじゃない、それに今から否定なんかしたら余計に何か有ると勘ぐられるぞ」
そう言って、もうこちらは見ずにずんずんと歩いて行くから、今更戻るのも無理かと諦めて
「でも……、ありがとう」
庇って貰ったのは確かだしとそういうと、私を引っ張っている手が少し強くなった気がした。