教えてくれねえか? (side黒田) 1
「なぁ、みのり……藤堂って今もあんな噂たてられてるのか?」
課題を全て終わらせて、取り敢えず次の塾の日までは俺の手元には何も無い。
そんな久しぶりに気の抜けた夕方、俺は家のソファーに寝そべりながら、新作料理を披露するとに家に来て、台所に立つみのりに声をかけた。
元々家には良く来てたが、兄貴と付き合いだしてからこんな風に料理に来ることも増えたこいつは慣れた手つきで野菜を刻んでいる。
「ん~、最近はあんまり聞かないかなぁ? でも、相手が相手だけにまだ燻っているって言うか……サヤを良く思わない子は多いね」
そんな風に答えるのに、ふと疑問がわく
「あいつの噂の相手って誰なんだ?」
「ちょっと凄いよ~? サッカー部の一条君に、同じくサッカー部部長の鳴木君、バスケ部の坂本君に、軽音の鷲尾君」
みのりが並べた相手の想像以上のやっかいさにに、げっと思ったのが判ったようで、みのりもため息をつく
「そりゃ、女の子も敵にまわすよねぇ? ……でも、それでサヤを攻撃するのはお門違いだと思うんだけどね? 好きな人が居るなら努力すれば良いのに」
ガキの頃から俺の兄貴に惚れてて、だが年が離れてるぶん女と言うより妹扱いをする兄貴に、少しでも近づこうと努力を惜しまなかったこいつらしい言葉。
世の中はそんなに潔い奴ばっかじゃねえからトラブるんじゃねえ? とは思うが、意見には俺も賛成だ。
ともあれ、噂の相手にあいつらが入ってたのは驚いたが、藤堂が平和だと言っていたとおりにあいつの周囲が落ち着いているらしいことにほっとする。
何が面白いのか、誰が誰を好きだとかほっとけと言いたくなるような噂を立てられるだけでもうざいってのに、勝手に気持ちを決めつけられた挙げ句にそいつを好きな奴から攻撃される、つくづく迷惑な話だ。
だが俺も、……そんな話を聞いて怒るみのりに対して、噂が本当ならそれはそれで見物だ、なんてあの時は笑って居た。
本気で言ってた訳じゃねえけど、無責任な噂を面白がってた奴とこれじゃ変わらない。
あいつは久々に会った俺を変わったと言ったが、他の奴の陰口に乗ることも無く、教室の空気も無視して、さっさと俺の隣に席を替わって、他の奴との橋渡しまでしてくれてたってのに……。
最近は当たり前のように側に居るあいつ、でもそれは本当は当たり前な事じゃないのかもしれない。
なんで、おまえは俺に怯えない? 大切な場所だという塾を紹介して、これほどまでに面倒を見てくれる?
そうやって考えてみれば、俺はあいつのことを殆ど知らないって事に気がついた。
それに、二年の頃に立った噂の当事者だった鳴木と一条、学校では一緒に居る姿なんて殆ど見ないってのに何故そんな事になったんだ?
……あの日、一瞬見えた鳴木の苦しげな表情。
あいつらの間には何が有ったんだ?
「日比谷、ちょっと頼みがあるんだが」
休み時間、藤堂が席を外している時を見計らって、日比谷の席に行ってそう言うと、日比谷は真っ直ぐに俺を見た
そう言えばこいつも、初対面の時から俺に怯えも避けもしない。
まぁ、この雰囲気がパシリにはしにくいのか、藤堂がやってるような事をしたことはねえけど……。
「私に言うということは紗綾には聞かれたくないこと?」
勘のいい言葉に頷くと
「判った、放課後美術室に来て、紗綾は今日はいないから」
それだけを言って、また読んでいた本に視線を戻した
「あの子、……何かやらかした?」
放課後、美術室に入った途端そう言われて、その直球さに思わず笑う。
藤堂の親友のこいつは同じクラスになる前から結構な有名人で、昔から良く絵のコンクールとかで賞を取り、朝礼なんかで表彰されていた。
藤堂よりもなお高いすらりとした長身にショートの色素の薄い髪と、同色の瞳。
一言で言えばクールな美人なんだが、この歯に衣着せぬ物言いと大人びた雰囲気、それに校内でも有名なその絵の才能の付加価値に気後れしてか、俺とはまた違う意味で少し周囲から浮いて見える。
だが、その率直さは話しやすいし、こんな時には特に歓迎だ、余計な回り道をしないで済む。
「いや、そうじゃない、教えてくれねえか? 藤堂の事、みのりに聞くと女どもには何か妙な噂をたてられてハブられたりしてたみてえだし、それに、噂の相手って一条や鳴木もなんだろ? 目立たねえ様にこんな所で勉強してるってのに何でそんな事になってたんだ? それにこの前……」
教室で寝てた藤堂と、それを見た鳴木が驚いてたって話をすると日比谷はちょっと驚いたような顔をした。
「教室で寝てたって? それは凄いね、紗綾は余程黒田を信頼しているのかな」
「教室でうとうとなんて、誰でもすんじゃねえの? 男と二人であれはちょっとあぶねぇとは思うけど」
「それは、あの子のあの頃を知らないから……」
言いかけて、だから聞くのか、と苦笑する。
「本来は本人に聞くべきだろうが、おまえとか鳴木の反応やみのりの話でも、かなりヤバそうで思い出させるのもって、思ってよ……」
真っ直ぐ俺を見る色素の薄い瞳に心を透かされてるような気分になるが、逸らさずに見つめ返す。
そうすれば興味本位の噂話をしたいわけじゃ無く、うまく言えねえけど、あいつをちゃんと知りてえんだってのが伝わる気がした。
すると、日比谷はその目をすっと和らげて
「……良いよ、話せるところまではね、それに今まで同じクラスだった人は知っている話も多いし」
そう言ってくれたのに、俺はほっと息をついた。