眠るおまえと猫と (side 鳴木) 2
「……猫、好きなのか?」
「大好き! 弟がアレルギーで飼えないんだけどね、だから今までは道端に居る子と仲良くしてたんだけど、中学入ってしばらくしてからかなぁ? 声かけても無視されちゃうんだよね、動物って雰囲気に敏感だから、すさんでると判るのかなぁって思ってたけど……、嬉しいなぁ、撫でれる~、くぅ~、かわいいぞぉ~……って、あれれ?」
猫はするりと藤堂の腕に体を擦りつけると、今度は俺の方にやって来て足元でうにゃんと鳴いて腹を見せる
「鳴木ずるい」
「俺は別に何もしてないだろ、お前があまりにテンションあげるから怯えたんじゃないのか?」
「ううぅ~」
むぅと口を尖らせて、けれど諦め切れない様子で猫を見つめると、猫を逃がさないようにじわじわと俺に近づいてくる
「鳴木、逃さないでよ」
そう、しゃがんで近寄りながら俺に頼むから、仕方ないなと足元の猫の腹をわしゃわしゃと撫でてやる
「……っ!」
「うわぁ! ふっわふわ」
そろそろとにじり寄って俺の側に来た藤堂の指先が、猫を触る俺の指に一瞬触れて離れる。
気がつけば見たこともないほど側に顔を寄せてきていて、その近すぎる距離に落ち着かない気分になる。
「でも、こんなに無防備で大丈夫なのかな?」
「一応、動物だし、危険は察知するんじゃ無いか?」
適当に答えた言葉に
「そっかな?」
俺の肩にこいつのふわふわとした髪が触れそうな程側で、嬉しげに笑っているのに無防備なのはお前だと思う。
「私は嬉しいけど……、お前ちょっと気をつけないと三味線にされちゃうよ?」
「今時、そんなの本当に居るのか?」
「判らないけど! でも、人は簡単に信じちゃ駄目なんだよ」
そんな事を呟きつつも、言葉とは裏腹に嬉しげに飽きもせず俺の隣で猫を撫でている。
縮まらない距離がもどかしくて、黒田のそばで安らぐ姿が切なかった……、けれど、慣れない猫のようだったコイツが、気が付けばこんなに側で、例え猫のお陰だとしても嬉しそうに笑っている。
そう思えば、ともすれば焦燥感に煽られぶつけてしまいそうになる想いを何とか抑えることは出来る気がした。
俺の心にはいつの間にか当たり前のようにお前が居た。
塾と学校の両方で揺らぐ姿を知っていたのは俺だけだったから、いつしか一番近いのは俺だって勝手に思っていて、けれどそんな自信は一条と黒田に砕かれた。
だから本当は、そのふわふわとした髪を捕まえて、柔らかそうな頬に触れて、おまえは俺をどう思っている? おまえの心の中で一番側に居るのは誰だ? ……って聞いてしまいたくなる。
でも、こいつにとっての俺はそんなことを言い出すような存在で無い事なんて、聞くまでもなく明らかで……。
この前だってほんの少し、凹む姿に本音を見せてしまえば、少し表情を硬くして、見慣れない物を見る風に俺を見た。
だから、誤魔化すように冗談に紛らわせたら、あからさまにほっとするのが判った。
友達の線を越えようとする俺に、多分無意識なまま怯えたんだろう。
本当はもっと近づきたいし、甘やかしてやりたいとも思うけれど、そんな俺を見せれば……こんな風に側には居なくなるだろう。
一条が答えた『言えない』という言葉は、あの頃よりも重みを増して、今はつくづくその通りだと思う。
今の藤堂に好きだと、俺の本当の気持ちをぶつけても、それに答えるかどうかという以前に、まだ受け取る事すら出来ないだろう。
サッカーの未経験者に本気のパスを回すような物で、受け取れないだけならまだしも、下手をすれば怪我をさせるだけだ……。
漸く教室が平和だと喜んでいて、しかも受験に向かって頑張って居るこいつにそんな想いをさせられるはずも無い。
だからせめて、この優しい時間が少しでもお前の心に残れば良いと、嬉しげに猫を撫でる姿を見つめながらそんな事を思ってる自分に、どこの乙女だよと苦笑が漏れた。