学校で最初に見たときは人違いかと思った (side 鳴木)
初めて塾で会ったときは、変わったのが入ってきたなと思った。
例えるならば、鍵盤の玩具、キーを押すと連動して蓋が開いてその中から色々なものが出てくるあれ。
家にあったそれは、基本的には鍵盤に連動した音を出しながら、ランダムに間抜けな音だったり、思いがけず綺麗な音色が響いたりするもので……、単純な仕組みのそれを俺は何故か気に入り小さい頃は繰り返し遊んでいたらしい。
藤堂はあの玩具を連想させる所があった。
明るくて賑やかで、こちらのアクションに対して反応が早い、その上時折思いも寄らない行動を見せるのが面白くて、目の前の席という近さもあって、隙の多いあいつが何かやらかすたびに声をかけていたら、最初は鳴木君なんて呼んでいた癖に、いつの間にか俺を呼ぶときには鳴木になって居た。
――だから、学校で最初に見たときは人違いかと思った。
A組前の廊下を通りがかった時に同じサッカー部の戸田を見かけて、ふと立ち止まると、戸田は、普段見せたことのない表情で一人の女子の席に向かい何か言い合いをしている。
その相手は藤堂で、けれどこちらも塾では見たことが無いほどキツい目で戸田を見ているのに最初は人違いかと思った。
けれど、結んでいても明らかなふわふわとした癖毛に、目の前の奴に言い返している良く響く声は明らかにあいつの物で。
喧嘩でもしているような様子に耳を澄ませれば、端々に聞こえるのは戸田の一方的な言いがかりに聞こえる言葉、それにいちいち藤堂はかみつくように反論をしている。
部活で接する戸田はさっぱりとした、付き合いやすい奴だと思っていただけにその様子に目を疑った。
その後、戸田に藤堂の話を振ると、何故あいつのことを聞くのかと返され、何となく塾のことを言うのも躊躇われ、教室で見かけた事を話すと普段見た事も無い苛立たしげな態度で、昔からあいつだけは駄目なんだ……と答えた。
別の日に廊下で他の奴らに取り囲まれ、それを強引に突破していく藤堂を見かけたのもあり、一体どういうことになっているのかと、同じ小学校出身のA組の奴に話を聞いてみた。
すると、藤堂がクラスでおかしなことになっていると聞かされた。
入学早々、戸田が藤堂を構いはじめ、それの尻馬に乗った戸田の周りが同じようなことを始めたらしい。
けれど、藤堂はそれを女らしくもない気丈さで数人の男子に囲まれても顔色一つ変えずに、言われた言葉には言い返すし、ふざけながら机上の物を持って行かれれば追いかけていって取り返す、……そんな事をしていたらしい。
そして、その対応に手一杯になっている間に、どうやら女子の間には大体集まりが決まってしまい、なおかつ、トラブルを持つ藤堂に近寄る女子は居なくなってしまったという。
俺にその話をしたそいつは、同情はしつつも下手に関わって巻き込まれるのは勘弁と思って居る様子で、藤堂もあそこまでの反応をしなければあいつらもムキにならないんじゃねーかな……と呟いていた。
けれど、塾での藤堂は相変わらず学校での陰りを全く見せずに、伸び伸びと振る舞い、時に力の抜けるような発言をして、クラスを湧かせている。
どちらが本当の顔か判らず、ある日
「お前……戸田に色々されてるんだって?」
と、聞いてみた。
すると藤堂は瞬間顔色を変え、何故それを俺が知っているのかと聞くから、戸田と同じ部活であること、同じクラスに知り合いがいることを告げると、今まできつくこちらを見ていた瞳をふと今まで見たことがないほど気弱に揺らめかせ
「お願いだから、学校のことはここでは言わないで欲しい、忘れていたいんだ……」
すっと、その瞳を伏せた。
俺は学校でも塾でも見たことがないほど弱った姿に驚いて、その時は何も言え無くなってしまった。
けれど、その次の塾の日に、教室へ向かう階段を駆け上りながら、雨による湿気と強風に煽られてもの凄い事になっていた柔らかそうな癖毛の後ろ姿を見つけ、少し迷いながら爆発コントのつもりか?、なんて、あいつの隣をすり抜けつつ声をかけた。
「莉緒、悪いけどこれお願い」
「ちょ、紗綾? ……何する気なの」
「あいつ、捕まえる」
すると、背後でそんな会話が聞こえて、驚いて振り向くと隣の藍沢に本当に鞄を預けているのを見て、驚いて走り出した。
女らしくも無い勢いのある走り方と、思ったより距離が離れない事に驚きつつも教室に入り、自分の席に鞄を置くと、程なく息を切らせながら
「追いつけなかったか……」
何て言いながら、爆発した頭のまま入ってくる。
その様子に椅子に座るのは躊躇われて、立ったまま
「捕まえて何する気だったんだよ」
そう言ったら
「謝らせようかと思った……」
なんて、サッカー部の俺に言うから思わず吹き出して
「お前に俺が捕まえられるなら、謝ってやっても良いぞ」
つい、そんなことを言ってしまったら、以降塾では何か有るたびにあいつに追いかけ回されるようになってしまった。
けれど、あの日の姿は嘘だったかのように振る舞う藤堂にほっとしたのも事実で……。