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紗綾 ~君と歩く季節~   作者: 萌葱
三年生 一学期~
49/117

……だから、せめて (side 一条)

 放課後の教室、黒田に勧められるままに席について、ぐるりと教室を見回した。

 そうして視界に入ってくるのは、俺のクラスから見るのと殆ど変わらない景色。

 厳密に言えば、今の俺の席は一番前で、後ろから二番目のこの席はそう言う意味では多少違うかもしれない。

 けれど、掲示板に貼られたプリント、今は翌日の日付と日直の名前だけが書かれた黒板、窓辺に置かれている植木鉢もPTAからの寄付だとかで、全クラスに配られたものだから、違いは無い。

 それに当然の事ながら窓枠の形も、カーテンの色だって同じ。

 些末な違いと言えるようなのは後ろの黒板に書かれた時間割りの中身くらいだろう。

 もう少し時間が経てば例えば体育祭や球技大会、合唱コンクールといった行事の表彰状だの、クラス目標の習字だのとクラス毎の特色も出てくるんだろうが、元々同じ形に作られている同じ階にある同じ学年の教室なんて、一学期の今は特に違いなんて有るわけは無い。

 

「……じょう? 一条? ここの構文見て欲しいんだが、これであってるか?」

「……っ!? あぁ、悪い……、これか? 間違ってはいない、だがこの単語よりは……」

 黒田に声を掛けられ、我に返って質問された箇所を確認し終えると、相変わらずの飲み込みの良さで、するりとその構文を自分の物にして、礼を言いつつも、いつもならそのまま次の問題へと向ける視線を少し不思議そうに周囲に向けて

「何か面白いものでもあったか? うちのクラス、おまえの所とそう違いなくねぇ?」

 そんな事を言っているのに、よほど俺は惚けていたらしいと知る。

「いや、ただ、他のクラスなんて余り行かないから少し新鮮だった」

「へぇ? そんなもんか? 俺はこんな事になるまでは結構違うクラスも顔出してたけど、あんま違い感じ無かったけどな」

 不思議そうにしながらも、すぐに集中力を取り戻しプリントに向かう姿にほっとした。


 昨日の塾で藤堂が、今日の放課後は親戚の見舞いで早く帰らないといけないなんてことを言っていたのを聞いていたから、授業も終わって他の生徒も帰った頃、あいつの教室に向かってみた。


 案の定、いつものようにプリントに囲まれた黒田が一人居るのに

「助けが居るか?」

 聞けば、少し驚いたように顔を上げて慌てたように周囲を見回して、小声でこんな所来て大丈夫なのか? なんて眉を潜ませる。

「男二人で教室に居る分には問題ないだろ? たまにしつこく追いかけて来るのも居るが……」

 切れ長の瞳は心配げな光を浮かべつつも、鋭くはあって、なまじ顔そのものは整っている分キツく感じる。

 その上、少し長めの前髪を後ろに流しているその髪型と、年齢を考えればまだ残るはずの頬の丸みをそぎ落とした輪郭。

 細身ながらもそれなりに筋肉の付いた長身の体格は、もう少し年が上の女ならば魅力と映るだろうけれど、同年代には威圧的に感じるのかもしれず、それこそ俺を追いかけるような異性に夢と妄想を求めるようなのタイプは近寄るのは躊躇うだろうと思えて。

「多分、寄ってこない」

 そう答えれば

「そうか? それなら居てくれるのは助かる」

 ほっとしたように瞳を和らげて

「早速なんだが、ここ、確かここに嵌まる熟語があったよな……?」

 差し出してきた、プリントに目を落とした。


 噂だけが飛び交っていたから、どんな奴かと思っていたが、こいつの俺たちに接する態度に問題があるとは思えない、

 とは言え、黒田の状況から勉強以外のことを話している余裕もなく、人となりを言えるほどの関わりは持っては居なかったけれど。

 ただ、前に進もうという意欲と、毎日課題に埋もれていても尽きない集中力、少し手助けすればすぐに理解する吸収力には感心したし、真面目に努力している人間というのはこちらも手を貸したくなるものだ……まぁ、今俺が此処に居る一番の理由はそれでは無いけれども。

 

 差し出されたプリントの構文をそのまま目で追って居たら、隣の席を勧められ、座ってからここがあいつの席だったと気がついた。

 そこから目に入る見慣れた光景、けれどそこから見える景色は少しだけ特別に思う。

 二年の時は同じクラスだったものの、教室でのあいつとの思い出なんて、キツいにらみ合いと言葉の応酬くらいで、二学期の後半位からはそういうことは無くなったが、だからといって教室での距離が近づくことは無く、妙な(とも、本当は言い切れないが)噂が立っていたのも有って、お互い相手を巻き込まないために距離を置いていることが多かった。


 だから、こんな風に隣の席で同じ教室に席を並べている黒田が羨ましくないと言えば嘘になる。

 藤堂は意外と面倒見の良い奴なのは知っているし、ましてや黒田には恩とやらを感じているらしいのならば、あれほど構うのも仕方が無いとは思う、……そう判っては居ても、一日中一緒に居る姿に胸の奥がざわめかないわけでは無い。

 でも、側で見ている限り二人の目に今映っているのはお互いの姿では無く、塾長から課せられた制覇すべきプリントの山で……だから、俺もそんな感情は封じ込めて

「黒田、そこ、もう一度問題文を読んで見たらどうだ? 落ち着いて見直せば判るはずだ」

 今は俺もプリントだけに集中しようと努力する。


 昔、あいつを傷つけていたことに対して、俺は未だ償うことさえ出来ていない。

 確かに数学を教えたりはしているが、あいつからも助けて貰っている以上その関係はイーブンで、ならば今も多少は残るあいつを攻撃してくる連中から守るくらいは、……と思って居ても、あいつは自分の周りの奴を巻き込むことを嫌がって、手を出すな近づくなと言うから、逆に学校では距離を取っているくらいで。

 それに俺が表立ってあいつを構えば、また女の敵を増やすだけになりかねない。

 ……だからせめて、あいつが黒田の助けになろうと思うのならば、手を貸してやりたいと思う。

 それに今のこいつのクラスでの立場は、昔のあいつにも少し似て居る気がして……。

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