頼れよ、もっと……
「ね? 黒田、今日の放課後から美術室での勉強会に参加しない?」
授業が終わって、黒田はいつものようにプリントを机に広げ始めるのに、ちょっと待ってと声を掛けた。
「勉強会? あぁ、おまえが塾の奴とやってるとかいう奴か……良いのか? おまえが参加してるって事は俺が入ると教わる一方になっちまうと思うんだが」
「うん、私ももうちょっと基礎を固めてから呼ぼうかなって思ってたんだけどね、二人とも大丈夫だから連れてこいって言ってくれて、その上、私が数学教えるんじゃ黒田が心配だって……。」
苦手な自覚は有るけど、胸を張れることでも無く情けなさにだんだん声が小さくなる
「数学が何だって? ……まぁ、そう言ってくれるんなら助かるが、いいのか?」
再度確認してくるのに頷くと、じゃ移動するかと席を立つ黒田。
「うん、じゃ、行こう」
後半の愚痴は余り聞こえなかった様子にほっとしつつ、私も鞄を手に取った。
「しかし、何で美術室なんだ?」
「メンバーが鳴木と一条なんだよ、特に一条が問題なんだけど下手な場所でそんな事するとファンに追いかけられたり、妙な噂が立ったり面倒なことになるからね」
一条は塾に居たから判るが、鳴木なんて居たか? と聞くのに、Aクラスに鳴木が居て二年までは塾のクラスは一つだったんだよ、なんて説明をしながら廊下を歩く
「私は トラブルの元は相手だけじゃ無く、紗綾もトラブルメーカーだからなんだと思うけど? ……ま、どっちにせよ人気の無い場所が良いって事で、ここを提供している、どうぞ?」
そして、美術室の前で優樹が鍵を開けつつ微妙に余計な言葉を加えて、黒田を迎え入れ、めでたくメンバーがまた一人増えたわけだ。
「優樹の邪魔にならないようにいつも奥の席でやるんだよ」
そう言って、教室の奥へ向かい、黒田がプリントを広げ出すのに二人が来るまでそれに付き合うことにしたんだけど……。
「で、こうなると」
「……それ、引っかけだ」
「そのまま進むと、答え間違えるぞ?」
丁度黒田の質問に答えてたところに鳴木と一条が美術室に入ってこちらに来たから、ちょっと待ってね、と言ってそのまま公式の解説をしていた。
すると二人は何故か黒田の机のところで足を止め、そのまま私の解説を聞いて居て……、同じ場所で二人からストップが掛かった
「ええっ? 嘘!」
数学は得意では無いけれど、その部分はきちんと理解していたつもりだったから焦ってしまう。
問題を見直していると、鳴木がそのままどの部分が引っかけで、見るべき要素はどれかなんて事を説明してくれるから黒田と一緒に聞く
「まぁ、見事におまえの苦手な所だったから無理も無いんじゃないか?」
間違いを教えてしまったと俯く私をちらりと見て、鳴木はそう言ってくれるけれど
「藤堂、……この前のチェック付いている部分、これでも良いがもっと判りやすい公式があるんだが」
一条にしては珍しく歯切れ悪く、言いにくそうにそんな事を言ってくるのに撃沈した。
ううぅ……黒田、ごめん。
「藤堂は国語は飛び抜けていて英語も悪くないが、数学はあまり得意では無いんだ、……他の教科でも構わないが、数学で困った時は俺たちに聞いたほうが良いとは思う」
机にへちゃりと突っ伏す私の頭上で鳴木は黒田にそんな言葉を掛けていて、
「そうして下さい……」
言葉を重ねると、黒田は困ったように
「そんな凹むなよ、苦手なのに教えてくれてたんだろ? 俺は感謝してる」
なんて言ってくれるから、更に申し訳なくなった。
最終的には塾で先生がチェックしてくれるとはいえ、明らかにミスがあったのが不安で、記入済みのプリントを再度めくって居ると
「藤堂、おまえ黒田に教えた箇所大体覚えてるのか?」
鳴木が声を掛けてきた。
「うん、印つけてるし」
「なら、ちょっとさらってやる、こっち来い、黒田、数学のこれ借りるぞ、一条、そっち頼めるか?」
などと言い出して、二人が頷くと私がめくって居たプリントの山を持って少し離れた席へと歩き出した。
「そんなに落ち込むな、今までのは問題なかった訳だし、いっそ今気がつけて良かったじゃないか?」
さっきのプリントは数学の問題の中でも、私が特に苦手な項目だったからミスが重なったらしく、今までのプリントの方は問題は無かった。
けれど、基礎の確認の筈の場所で、しかも人に教えて居るにも関わらず間違って居た情けなさと申し訳なさに浮上出来ずに居る私に、鳴木がそんな事を言って
「一人でやってる訳じゃ無いんだ、頼れよ、もっと……おまえ自身の事だって、俺は、おまえがうちのクラスに入れれば良いと思って居るし、桜花にだって一緒に通えればって思ってる、その為なら……」
更に私を見つめながら、真剣な顔でもどかしげにそんな事を言うのに驚いて、一瞬凹みを忘れてまじまじと見つめてしまう。
いつもの様子とは違いすぎて見慣れない雰囲気を少し怖いとさえ感じ……って? ……怖い? 鳴木が?
自分の感覚が良く判らなくて戸惑ってしまう。
すると、鳴木は言葉を止めて、すっとプリントに視線を落とすと
「……しかし、数学の問題の解き方見る度に、やっぱりおまえって単純だって再確認するよな? 単細胞生物ってきっとおまえの事だ」
そのままそんな事を言って居て。
……さっきの真摯な空気をぶちこわすようなこの発言、やっぱ鳴木は鳴木だ。
「な~る~き~? 一言余計なんだけど?」
文句を言うと、ふっといつものからかうような瞳で私を見て
「文句有るか? 本当の事だろ?」
笑うのに頭には来たけれど、そのいつもの鳴木に私は何故だかほっとしたのだった。