先生? 黒田はここに入れますか?
塾に着き、黒田とお母さんを受付に案内すると、私は塾の自習室に向かう。
教室が開放されるにはまだ時間が早いし、テキストは鳴木に渡してしまったので、今日の学校での宿題をしたけれどあっという間に終わってしまい、上階にある本屋さんでも見てこようかと考えていると、高木先生が自習室に入ってきて私を手招きした。
「ずいぶんこの塾を褒めてくれたみたいだね」
そのまま個人面談室に入るとそう言って、ありがとうと丁寧に頭を下げられてしまったのに
「私もここには助けられましたから……」
焦りつつも、そう答えたら
「ずいぶんいたずらもしてくれたしね」
と、笑われ少し赤くなる。
クラスに友達の居ない寂しさを、かなり塾で発散させてた自覚はあったから。
「先生? 黒田はここに入れますか?」
「藤堂さんは彼の事情を知っているんだったね、なら、少しだけ、……提示してもらった成績表を見る限りでは、入塾は問題ないね、正確な実力は今受けてる試験を見ないと分からないけれど……彼の志望校については確かにいろいろな意味でぎりぎりと言える、学力的にも期間的にも、けれど本人のやる気はあるようだし、あとは彼次第だと思うよ」
どこにも頼らずにこの成績ならば、理解力は高そうだし今後が楽しみだと穏やかに微笑むのに、ほっとしつつも先生がこんな風に言うと言う事は黒田は今後少し大変かもしれないとうっすら思った。
あたりは柔らかく優しいけれど決してそれだけでは無いこの先生は、にっこり笑いつつ厳しい課題を生徒に課すのは良く知っていたから。
でも、実力に見合わない無茶はしないことは判って居たから、黒田に関しては安心して
「あ、先生、お話が終わりでしたら、なにか課題のプリントを貰えませんか?」
教室が空くまでの中途半端な時間を潰せないかとお願いしてみた。
「テキストはどうしたんですか?」
不思議な顔をされたので、ここ最近の勉強会のことと今日の事情などを話す
「なるほど……生徒同士で教え合える部屋か、お喋りで集中できなくなることばかり考えていたけれど、それは必要かもしれないね、ちょっと考えてみよう、……プリントは受付のところで少し待っていて、手頃なのを探してみよう」
そう言って高木先生は面談室を出ていった
塾の開始の20分前になり、教室で鳴木と一条を待とうと自習室を出ると、もう教室の前には二人が居て、急いで駆け寄る
「今日は本当にごめんね、国語大丈夫だった?」
「おまえこそ大丈夫なのかよ、黒田と用事がどうって……」
なんて、不機嫌そうな一条
「急に塾紹介することになって、多分私達と同じクラスになるんじゃないかな?」
「はぁ? なんだそれ?」
私の答えに、一条の眉間の皺が更に深くなった。
「黒田がここに通うのか?」
鳴木まで訝しげな顔をするから
「ちょっと変わってるけれど悪いやつじゃないって」
と笑ったら、ふたりは処置無しとでも言いたげにため息を付いた。
「まぁいい、これ、おまえのテキスト、解説は書いたけれどちょっとわかりにくいところは口頭で教えるし、国語も二点ほど確認したいから教室入るぞ、取り敢えずおまえの教室でいいか?」
言いながら、鳴木は目の前の教室のドアを開けた。
授業を終えて教室を出ると廊下に黒田が立っていた
「お疲れ、母さんが帰りも送ってくから待っててくれって」
「え? そこまで甘えるのは……」
「おまえの家なんて、家からなら車なら5分だ、寄り道にもなんねーよ、それに今日はおまえの時間大分もらっちまったしな」
折角の好意なので受けることにして、松くんを待つという莉緒と皐ちゃんに挨拶をして地下にあるビルの駐車場の方へと向かう
「お母さんは駐車場にいるの?」
「あぁ、多分、少し待たせるかもしれないけれど居てくれって」
あの後、急な呼び出しで、入塾の手続きを済ますなり高木先生との面談は黒田一人で受けることになり飛び出していったという
「忙しいんだねぇ……」
そう言うと、ちょっと、うつむいて
「数年前にずっと家で外回りしてた人間が引きぬかれてやめたんだ、信用してた人だったから親父もずいぶん落ち込んで……したら母さんが私がやるって言い出して、水があったんだろうな、毎日忙しそうにしているよ」
横目で私をちらりと見て笑ったけれど、その顔は少し寂しげかなって思った。
「ほんと良かった、今日紗綾ちゃんが来てくれて、明日以降になったらまた、私がいつ居るか分からなかったし、うちの人は、マシンのこと以外ではまるで役に立たないし」
黒田と駐車場に着いてすぐ、お母さんの車が到着した。
うちに向かって走りだすと、お母さんはしみじみとそう言った
「私が忙しくなってから、どうしても直樹に掛ける時間が減っちゃってね、……愛はいっぱいあるんだけど、表せられないとやっぱだめねぇ?」
なんて呟くのに、黒田は慌てて、何言い出すんだ! って怒ったけど
「あら、だって、私がいなくなったら工場の子達とどんどん仲良くなっていっちゃってうちの子たちもいい子なんだけど、元々誤解されやすい格好の子が多いしねぇ……この子も、この前姉さんにもう高校生だった? ちょっと迫力有るわね? 何て言われちゃったわ……昔は、可愛かったのに」
と、嘆くお母さんに、諦めたように黙り込んだ。
「で? 黒田君、どう? うちの塾」
話題を変えよう半分、興味半分で聞いてみた
「初日だから分かんねーけど、嫌な感じはしなかった、もっと、無機質なもんかと思ってたけど、あの塾長とか言うのはうっせーほど人のこと聞いてくるしな、でも、俺の苦手な項目とか一回のテストでぎょっとするほどついてきたし」
黒田の言ってる事を身を持って経験している私は思わず笑ってしまう
「高木先生って、柔らかいのに痛い所ついてくるんだよね~」
「ああ、でも、桜花はこれからの努力次第、必要なサポートはしっかりするって言われて、嬉しかった」
珍しく正直に感情を見せる黒田の言葉に、お母さんも嬉しそうだ
「クラスはBらしい、8月のテストでA目指すけどな、とりあえず宜しく」
助手席からこちらを振り向き、そう笑うのにこちらこそと答えた