いくよっ!
「待てって、本当に良かったのか? 予定が有ったんじゃねえの?」
教室を出た後は後ろも見ずに早足で昇降口まで向かって、靴を履き替えて
「いくよっ!」
って声を掛けつつ校門を抜けると、漸く私に並んだ黒田がためらいがちにそんな事を言いだした。
――そんな事を心配していたから、いまいち動きが鈍かったのかな?
いつもはありがとうを言う言わないなんて事で私と言い合っている癖に、そんな所は気にするらしい黒田に、やっぱり根っこは変わらないななんて嬉しくなる。
だから大丈夫って笑って見せて、早くっ! って黒田の腕を強く引くと
「だーから、あぶねぇって」
言いながらも、ほっとしたように私の隣を歩き出した。
そうやって黒田の家に向かいながら途中の公衆電話で、念のためだと言って家に電話をかけていた。
そのせいか工場から事務所に向かうと、すぐ黒田のお母さんが出て来てくれて
「ごめんなさいね、直樹が無理言ったみたいで」
事務所に通してくれた。
記憶のままの事務所とか、変わらず綺麗なお母さんとかが懐かしく、ゆっくり話したい衝動にも駆られたけど、そんな場合でも無いので、すぐに本題に入る。
最初に黒田は担任の先生言った言葉を伝えて、ずっと迷ってたとお母さんに打ち明け、次いで、私が塾の話と桜花の合格ラインについて説明する。
そして、恐らくだけれど、塾ではまだ夏期講習の募集などはしており、三年生のクラスに若干の余裕があると思うと告げた。
「ごめんね、一人で悩ましてしまったみたいね、……もっと相談すれば良かった」
すると、お母さんは少し寂しげな顔をして黒田を見つめるのに、黒田はちょっと驚いた顔をして、別に……といいながら顔を背けたけれど、耳が赤いのを見て照れてるんだなと分かって、そんな黒田を見て、思わずお母さんと視線を合わせてしまう。
「紗綾ちゃん、その塾の連絡先っていますぐ判るかしら?」
そう言われていつもテキストと一緒にしてある入塾証をテーブルに置く。
「この電話番号で大丈夫だと思います、私の名前を出せば早いと思うので、私がかけた後お母さんに代わりましょうか?」
と提案するとお母さんは黒田の方を向き
「直樹、どうしたい?」
と聞き、黒田はしっかりとお母さんのほうを向き、やってみたいと告げた。
「じゃぁ、紗綾ちゃんお願いできるかしら?」
そうして塾に電話をかけると、三年間通い続けた塾だけ有って塾長の高木先生にすぐ代わって貰えた。
そこで、私は友人が塾に入りたいと言っていること、志望校のラインの微妙なところにいるため急いでいること、実はその友人の家におり、保護者が直ぐ側に居ることなどを伝えた。
すると、穏やかな声で、では、保護者の方に代わって頂けますか? と言われ、お母さんに電話を渡した。
それからは、トントン拍子に話が進み、今日このあと塾で入塾テストはするけれど、その成績ならおそらくは問題ないと言われ、入塾の申し込みの手続きをすることになった。
用事は済んだかなと帰ろうとすると、お母さんに呼び止められた。
「紗綾ちゃんもこれから塾なら、直樹と一緒に車に乗って行かない? なんとなく場所はわかるけど、紗綾ちゃんと一緒ならこころ強いし」
お母さんの言葉は、後半の言葉は私に遠慮させないためかなとも思ったけど、ありがたく受けることにした。
黒田のお母さんに断って電話を借りて、大まかの事情とこのまま直接塾へ行くことをママに説明して電話を切ると、まだちょっと時間があるからと言って、お母さんがサンドウイッチとお茶を持ってきてくれた。
このまま塾へ行くならお腹が空くでしょう? と言われて、正直くるくると小さな音が身体の中心から聞こえだしていた私はありがたく頂いた。
サンドイッチの後は黒田にはケーキ私の前にはおせんべいが出されて、嬉しいと思ったけど不思議な気がしてお母さんを見る、するとくすくす笑って
「紗綾ちゃん甘いもの駄目なんだって? 直樹が遠足で紗綾ちゃんのおやつを見て吃驚したって話を聞いたものだから……」
「おせんべいと、かりかりうめと、酢昆布ってどんな老人会のおやつかと思った」
黒田はしれっとした顔をしてそんな事を言いながら、自分はケーキをぱくぱくと口に運んでいる。
「黒田君とケーキってのも中々の取り合わせだと思うよ?」
そう返す私を黒田はほっとけなんて横目で睨んでいて、そんな私達のやりとりを、黒田のお母さんはにこにこしながら見ていた。