おまえ、普通に見るかよ
「あれ? 黒田って、桜花志望なの?」
例によってクラスの係からのお使いを頼まれた私は、放課後にやっと黒田を捕まえて進路調査票の回収をして、そこにある文字に少し吃驚した。
割と悪くない成績なのは知っていたけど、お家が大きな整備工場であるためてっきり機械科のある沢井高校に進むと思っていたから。
大昔のハイキングで助けてくれた時に、みーのと黒田に家まで送ってもらう途中、どんどん顔色が悪くなっていった私を見かねた黒田に、通学路の途中にあった大きな工場の前で寄って行けと言われた。
車が沢山置いてある大きな工場の一角にある事務室で、冷たいお茶を飲ませてくれて、冷たいタオルで顔を拭いてくれた綺麗な人は、後で黒田のお母さんでこの工場は黒田の家のだと聞かされた。
そうして介抱しつつ、家へも連絡してくれたらしく、慌てたママが近所に住むおばあちゃんの運転する車で迎えに来てくれたのだった。
「おまえ、普通に見るかよ」
苦笑しつつ、そんな事を言うけれど、裏返しもせず伸ばした手のひらの上にぺらりと置かれたら目に入っちゃうのは当然だと思うんだけど?
「俺は沢井に行こうと思ってたんだが、親に機械の事は家でも教えてやれるし、成績が悪くないなら選択肢の幅を広げたらどうかと言われたんだ、その話をこの前担任にしたら、もう少し頑張って桜花にしたらどうだって……今のままなら無理だが、ずっとどこにも頼らずこの成績なら、勉強法を変えるとかすれば届くんじゃ無いかって」
私の手の上のプリントを見つめて
「塾にでも行けって事かと聞いたら、教師が塾勧めるのもどうかと思うが、受験に関しては研究している分塾の強みを認めないわけにはいかん……だから、それも一つの方法だ、なんていってたぜ、あいつ」
いつもは鋭い光を放つ視線を迷うように揺らして、歯切れ悪くそんな事を言っている。
桜花高校はこの辺でも成績の良い子が目指す高校で、わざわざ遠方から来て一人暮らししてまで通う生徒も居ると聞くほど人気も進学率も高い。
その為かなり試験も難しく、うちの塾ではクラスAに入れる実力がないと難しいと言われている。
今一緒に勉強している私達も今のところ第一志望は桜花にしてはいるけれど……
「塾行くの?」
「確かにずっと沢井行ってうちの工場継ぐことしかねーと思ってたから、親に違う道も試したらどうかって言われて、面白そうだとは思った、沢井に行った兄貴も居るしな、人手は多い分には構わねーけど、別に兄弟二人で継がなきゃいけねーわけでもねぇよなって気がついた、でも、今更塾つってもピンキリで分かんねーし、俺の周り塾行くってやつも少ねーから……」
確かにみーのは、なりたいものがあると言ってさっさと、商業高校に決めていた、いつも黒田と一緒のイメージがあったから少し意外に思ったのを思い出す。
「……やってみたいなら、塾紹介するけど?」
「あ?」
「私の行っている所、評判は悪くないよ? ただ、少し遠くて、自転車か電車じゃないといけないけど、うちの親が一年の時に孤立した私を心配して探してくれたところだからここの生徒は殆どいないんだ、だからあまり知られてないけどね、8月の頭にクラス選別試験があって、そこでクラスAに入れるかが一つの目安だって言われてる」
「おまえのクラスは?」
「B、でも今8月の試験にむけて追い上げ中」
そう言って笑うと、黒田は迷うように揺れていた瞳を鋭く光らせて、ちょっとおもしれーな、それ……と、呟いた。
「おまえ、今日時間有るか? 出来ればうちの親にもその話してくれないか? もうちょっと詳しく塾の事も知りてえし、母さんが今日なら居る筈なんだ、明日からまた出張とか言ってたし、その試験が8月ならあんまり時間ねえし……」
そう言われて、うーんと考える。
今日は塾があって実は急いで美術室に行こうと思ってた、多分一条と鳴木が待っていると思う、黒田の件があるから先にはじめていてって優樹に伝えてもらったけれど、それでもあまり待たせる訳にはいかない。
けれど、勉強会は、私が一日居なくてもなんとかなるだろう、鳴木がかなり調子を取り戻しているし、フォローしきれない分は少し早めに塾に来てもらえば説明できる。
私の数学はちょっと痛いが、一日ならなんとかなるし、なにより大昔の恩がある。
よし、決めた!
「おい、藤堂? まだかかるのか?」
廊下から声をかけられ顔を向けるとそこには鳴木が居た。
遅いから様子を見に来たという鳴木に駆け寄る
「丁度良いところに! ごめん、今日黒田と用事ができたの 美術室に言いに行こうと思ってたところなんだけど伝えてもらって良い? 最近の鳴木なら国語は一条と二人で考えれば一日くらいは大丈夫と思う、私のテキストも渡すから」
グッドタイミングで嬉しくなって思わずまくし立ててしまうと
「……おまえの数学は?」
と、聞かれて、グッと詰まる
「おまえのテキスト貸せ、数学と国語、数学は解説書いといてやる、塾で渡すから少し早めにに来いよ? 塾には来るんだろ?」
そんな私に鳴木は仕方が無いというような顔をして、折衷案をくれた。
「ありがとう! 鳴木」
うれしさのあまり鳴木の差し出した手を握って拝んでしまう。
「ば、馬鹿っ……いいからテキスト」
そう言われて、急いで帰宅の準備の済んだ鞄からテキストを抜き出して鳴木に渡す
「ごめんって伝えといて、二人によろしくね」
そう鳴木に頼み
「行くよ!」
「お、おぉ……って、あぶねぇって!」
黒田の腕を引っ張って、昇降口へと二人で急いだ。