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紗綾 ~君と歩く季節~   作者: 萌葱
三年生 一学期~
40/117

伝言 (side 一条)

 「……一条」

 あいつの部活の終わりを待って、部室の入り口で待っていると、グラウンドから戻った鳴木が俺をみていぶかしげな顔をした。

 俺たち三年は今はもう週一程、後輩の練習試合の相手をする位で、本来は部活は引退同然だ。

 だから、試合の日でも無いのに部室ここに顔を出す三年は、元部長の役目だと未だに部活の参加を続けているこいつくらいだった。


「藤堂から伝言だ、勉強会は日比谷の了解とれたし、俺も異存は無い、伝えるのは早い方が良さそうだからって頼まれた」

 今日の勉強会で、藤堂から鳴木も参加したいと言ってるけれど良いかと聞かれた。

 

 俺としても日比谷も居るとは言え、殆ど二人きりという状況が嬉しくないと言えば嘘になるが、警戒心の欠片も無いあいつだけに、本来の目的を考えれば鳴木と三人というのも悪くは無いと思えたから、その事に否やは無かった。

 けれど……

「それは、有難いが……」

 そう、それ位の事なら明日教室で言えば済む事で、同じ事を思って居るのか鳴木は尚も何処か硬い表情かおで俺を見ている。

 確かにわざわざこんな所迄来たのには俺なりの理由があった。


「……でも、その前にはっきりさせておこうと思った、この所らしくないことが多すぎる、授業中寝かけたり、この前の練習試合も酷かったし、その上勉強会なんて余裕有るのか?」

 調子が悪いというのに、後輩の指導を止めないこいつにこの上放課後に余裕など有るのかと、まずは一つ目の気になっていたことを聞いてみた。

「時間的には大丈夫だ、新部長も大分しっかりして来たし、少し日にちを減らすつもりで居る、倉田にも言われたしな」

「成る程、じゃぁ、もう一つ、おまえ、俺に何か言いたいこと無いか?」

 試合中は集中に欠け俺からのアイコンタクトを見逃す程な癖に、教室などでは気がつけばもの問いたげなこいつの視線を度々感じて居た。

 すると鳴木は、軽く目を見開き

「おまえまでか……、どうやら、俺は相当おかしかった様だな」

 なんて自嘲気味に笑った。


 何処か観念したように部室横のフェンスに凭れると、鳴木はゆっくりと話し始めた。

「この前、藤堂と一緖に上の階から降りてきただろ? あいつがおまえにありがとうとか言ってて……」

「上の階……先月の終わり位か?」

「あぁ、あれからだったみたいた……何だか夜眠れなくて、苛ついて、あいつにもおかしな態度を取って……そしたら、この前藤堂にも同じ事を言われた」

 くすりと笑う鳴木の言葉に、藤堂が鳴木に詰め寄る姿がリアルに想像が出来た。

 きっと、あいつにとってはぶつかってでも無くしたくない位には鳴木は大切なんだろう、そして聞けば答えるだろうという信頼もそこにはあって……。


「最初は、ただ、面白がってたんだ、あいつの塾で見せる反応や行動を、……その後で学校での事を知ってからは、揺らぐ姿を見る度に気にはなってた」

「揺らぎ?」

「塾の連中が居る時は俺にも勢いがいいのに、学校での事を知っているのが俺だけだったからか、偶に二人だけになったりすると、どうしたら良いか判らなくなるようだったんだ、弱る、って言うか……その不安定さが気になって、助けてやりたいと思っても、学校では絶対俺を巻き込もうとしなかった……」

 考えてみればあの一番最初に俺にあいつの話をした時から、学校での藤堂を見る鳴木は心配そうだったのを思い出す。

「あいつはおまえを部室に匿ったりはする癖に、必要以上に俺に近寄ることはしなくて、……その距離がもどかしかった、だけど、その気持ちが何処から来るのかは全然判ってなくて……」


 そこまで言うと、ふぅとため息を付いて、言葉の先を続けるのを躊躇うように拳に握った人差し指を唇に当てて軽く俯く

 そんな姿を見るのは初めてで、少し驚いて

「鳴木?」

 声を掛けると、何処か辛そうな顔で俺を見上げた。


「あの日おまえと二人で居るのを見て以来、あいつを見て居るとすげー苛々したんだ……最初は何でそんな気分なったのかわからなかったんだけどな」

 先月の末、上の階から……多分メガネをみてやった日だろう。

「俺の態度を咎める藤堂と話しながら、おまえと良く居るようなのを聞いていて、何時の間にって、焦った、それでやっと気がついたんだ、……あいつを好きだ、って」

「……そういう、事か」

「おまえの気持ちは何と無く判って居たのにな……」

 なんて、ストレートにそんな事を言うのに少し焦るが、一番近くで俺と藤堂のやり取りを見て居たこいつには、やはり俺の気持ちは透けていたかと納得もいって

「漸く、気がついたって訳か……自覚無かったらしいがおまえも相当わかりやすかったぞ?」

 そう、笑って見せた。


「それで、実際の処どうなんだ? 」

 不安げな鳴木に、驚く。

 残念ながら、藤堂は俺の事など男として見ているかさえ怪しい、逆に藤堂がわざわざ態度のおかしい理由を鳴木に聞いたのなら、やはりあいつにとっても鳴木は特別なんじゃないかと感じて、少し切ない。

 けれど、そんな事まで素直にさらす必要も無いから……

「あの日はメガネを一緒に見てやっただけだ」

 そう言ってあの日の顛末を話すと、如実にホッとして見せる。


「しかし、おまえ、俺たちと勉強なんて、大丈夫なのか?」

 元々こいつの成績は塾でも学校でも、トップクラスだ。

 読書が趣味だけあって変な事に詳しい藤堂に、国語の漢字や歴史作品の知識量などで負ける事はあっても、元々の総合力はこいつの方が上のはずで、俺たちの助けが必要なら本気で心配な位だ。

 すると

「……ここの所授業に集中出来てなかったし、煮詰まってたから気分が変わればと思ったのも有る、でも、もう少し一緒にいる時間が欲しいと思った、……おまえには、邪魔して悪いけどな」

 そんな事を言いつつ、本当にすまなげな顔をしている。

 今まで俺があいつと二人で居た事に怒るよりも、気使う所がいかにもこいつらしくておかしくなる

「良いさ、どうせ目指すのはAクラスだし、俺もおまえを利用させて貰う」

 だから、冗談交じりにそんな事を言えば、嬉しげに

「ああ、使ってくれていいぞ」

 などと言っている


 俺との仲を勘繰って、苛立ちの中で調子さえ崩して、そうして漸く答えを見つけたと言うのに、もう、次の行動に出ている。

 その切り替えと行動の早さは、試合中ならば頼もしいと思ってきたのだが……

「ま、受験も有るし、今のあいつに好きだなんて言っても無理だろうけどな」

 逃げられるだけだろ? と続けるのに、今は告げる気は無いのかとホッとした。


 これから受験の本番で、ましてや相手は目覚める気配さえ見せない藤堂で、だから俺はまだ鳴木とも笑ってあいつの話が出来るんだろう。


「おまえは……、言わないのか?」

 さっき、自分だって言わない理由を挙げて見せて、それは俺にも通じる事なのはわかるはずなのに、そんな事を聞いてくる。

 だが、その気持ちも判るから

「俺は、……言えない」

 それだけ答えて、踵を返した。

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