だから、近いんだっ! (side 一条)
「ここと……ここ、これもおかしい」
藤堂の数学のテキストをざっと見て、気になる箇所をピックアップしていると
「よくそんな、さらっと見ただけで判るねぇ~」
「っ! ……なんだっ」
いきなり身体を乗り出してテキストを覗き込まれ驚く
「あ、ごめんごめん、最近なんか文字が見にくいんだよ」
「それ近視じゃないのか? 黒板の字とか見えてるのか?」
「大抵は何とかなるけど、鴻上先生のの地獄の板書は間に合わない時があるんだよね……」
「今日うちも地理あったが……多分進み同じだろうし、確認するか?」
「え? 助かる、後で優樹に頼もうと思ってたんだ」
「おまえ、メガネ作れよ……」
そんな事を言いながら隣に置いていたカバンから地理のノートを出して、一番新しいページは……と探していると、ノートの上から覗き込んで、あー、一緒だ! などと嬉しそうに言い出す
……だ、か、ら、顔が近いんだ。
以前から薄々思っていたが、こいつは一回ある程度相手を受け入れるととんでもなく無防備だ。
一、二年の頃、何故こいつに苛立つのかが分からなくて闇雲に突っかかり、こいつはこいつでそれを弾くように返してきていた刺々しい関係よりはずいぶんマシではあるものの、自分の気持ちを自覚した身にはこれはこれで結構キツいものがある。
授業中に書き写せなかった部分を補完し終えて、ありがとうと返されたノートをもう一度カバンに入れようとするが、何かが引っかかって上手く入らない。
一回詰め直さないと無理かと鞄の隅のケースを一度出してノートをしまう
「あれ? それメガネ? 一条って目が悪かったっけ? でも塾でも掛けてないよね」
「軽い遠視なんだ、家でだけ掛けてたんだが……最近通学路でも使えることに気がついた、俺だと気が付かないみたいだな、結構変わるもんだぞ」
とたん、目を輝かせて見たい! と叫ばれて、呆れつつも要望に答えてみた。
「うわぁ! ……一条じゃない」
「何だ、その感想は」
「そっかぁ……メガネって抵抗あったんだけど、こんな風に変われるならちょっといいなぁ~」
「ふん、元がいいからな、……しかし本当メガネ急いだほうがいいぞ? 悪いまま放っておくと悪化するらしいし」
「うーん、そうなんだけど、今月ママがすっごく忙しくて、一回相談した時に、下見だけでも一人で見に行ける? って言われて、どんなものかだけでも一人で行こうかとも思ったけど、全然判らないから自信なくて……ね」
「見てやろうか?」
困り切った顔で俯いているのに、思わず思ってもなかったことを言ってしまった。
「え?」
「店が決まってないんなら、塾のあるビルの五階に、俺がこれを作った所があるんだ、何度か行ってるから店員も知り合いだし、幾つか合わせてみて、最終的に親を連れて行ったらどうだ?」
「いいの!?」
そして、近づく目の前十五センチの距離にある藤堂の顔……だから、近いんだっ!
「学校の友人なんです、最近目が悪くなってしまって……でも、ご両親が忙しいらしいので下見に来たのですが、幾つか良さそうなのを選ばせて頂ければ、後ほどご両親と一緒にと言っているので、見せていただいていいですか?」
「どうぞお好きなのを掛けてみてください、なにか必要なときはお申し出下さい」
塾の前に、ビルの五階で待ち合わせをして向かった眼鏡屋で俺の対外用の挨拶を見て藤堂は目をまん丸にしている。
本当にこいつは判りやすい。
「社交辞令だ、ほっとけ、まずはぐるっと見てみるか」
「いやー、見事だね、その姿を見たらファン増えるよ」
「ふざけるな」
ファンクラブとやらに追いかけられた苦い経験を思い出して言うと、あ、嫌なんだ、などとい言って笑っている。
あたりまえだけれど、その笑顔に一転の曇りもないのが何とも情けない
いくつか、片っ端からかけていってみながら、一つのメガネでふと手を止める。
これって一条と一緒の? などと言いながら掛けてみせて、どう? と首をかしげている。
当然のことながら、丸顔のこいつには俺の輪郭に合わせて選んだフレームは似合うわけがない。
けれど、俺の持っているメガネとおそろいのそれを掛けて笑う姿に心の奥がざわめいた。
似合わなくても、いや、似合わないからこそ、俺と同じメガネでこいつの心が目覚めるまでその目を塞いで、周囲から隠して、閉じ込めて……なんて馬鹿な事を考えてしまった。
「駄目だな、おまえのような丸顔はもっとシャープな方がいいんだ、その輪郭で俺と同じメガネとか身の程を知れ」
「うわ、ひっど~」
「気に入られたものはありましたか?」
にこやかに尋ねてくる店員に
「これだけあると迷いますね……彼女の輪郭なら、シャープなもののほうがいいと思うので、スクエア気味の小ぶりのものがあれば……なんて思って居るのですが」
と告げると
「実は先ほど新作が入荷したのですが、ご覧になりますか?」
そう言って、ちょうど陳列中の棚を案内される。
幾つかフレームが並ぶ中で真っ先に目に入った棚の端に置いてあるそれ、一見セルフレームのように少し厚みがあるが、けれど金属で出来たそれは横から見ると薄くて野暮ったくならない、形は理想通りのスクエア、定番は黒だが、鮮やかな赤も差し色としては悪くない。
「これ、試して見て?」
一目で気に入り、手にとって渡すと
「えぇ? ……似合うかなぁ?」
尻込みする藤堂に大丈夫と笑ってみせる
俺にだけ聞こえるような小声で、この、猫かぶり……などと言いながら恐る恐る掛けてみてどう? と不安気に聞いてくる。
想像通り悪くない、ふわりとした頬のラインと少し硬めのフォルムのメガネが相まって元々の顔を引き立てる。
「鏡で見てみると良いと思う、似合うよ」
少し見にくいのか鏡を目を細めて見ていると、こちらでどうぞと手持ちの鏡を渡され覗き込んでいる
「思ったよりも、いい……気がする」
不安げながらも、気に入った様子におかしくなる
「こっちも掛けてみたらどう?」
「えぇ~、赤!? 服でも着たこと無いよ!?」
「だからいいんだ、少し派手に思うかも知れないけど、メガネは分量が小さいから派手な色でも綺麗に見える、普段アースカラーとかならメガネは綺麗な色がいい、制服も地味な色だし」
「ふうん……」
こちらこそ本当に恐る恐るだったが、鏡を見てぱっと顔が輝く
「へぇ! なんか別人みたいになるね!」
だろ?
結局、最後の2つを気に入り、週末に両親と来ると言って眼鏡屋を出て塾に向かった
「どっちにしようかな~」
「赤にしとけ」
「どうして?」
俺の好きな色だから……なんてことは今は言えない。