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紗綾 ~君と歩く季節~   作者: 萌葱
三年生 一学期~
35/117

ありえないだろ (side 一条)

 急に腕を捕まれて、奥の部屋に放り込まれるのに、そのいささか乱暴な手つきに呆れつつも匿ってくれるのがわかりほっとした。

 けれど、そのまま藤堂も入ってきて内鍵を閉めるのに驚いて声をあげたら、何か柔らかいもので口を塞がれ、そのまま肩に手を回され強引にしゃがまされて、頭が真っ白になる。


 狭い部屋に俺と二人きりの状況で鍵を閉めるだけでもどうかと思うのに、いま口を塞いでいるものはどうやら藤堂の手のひらで、殆ど抱きしめられているような格好で、藤堂が側にいる。

 驚きのあまり硬直していると、更に耳元で気づかれるから声を出さないでなどと言われて、耳に微かに掛かる息に聞こえてしまわないかと心配になるほど鼓動が跳ね上がる。


 体温が低いのか冷たく感じる俺の唇に当たる手のひらと、頬に当たる指先。

 背中に回された腕の冬服越しでも感じる、俺とは違う力を入れていても柔らかい感触。

 首筋に当たるあいつの髪とそこから薫る、柑橘系に少し甘みが混じった香り。

 自分の全ての感覚器がそんな物に向かいそうになるのを奥歯をかみしめて堪える。


 兎に角何か反応を見せなければずっとこのままだと、ぎくしゃくと体を動かしてなんとか頷いてみせると、ようやく口元の手と肩に回された腕が外され、ほっとしつつも信じられない思いで振り向けば、もう一度生真面目な顔で口元に指をクロスしていて、……最もだとは思うので言いたいことは沢山有ったもののそれらの言葉は胸の中に押し込めることにした。


「一条なら、窓から校庭に抜けたよ」

「え~……」

「本当ですか~? 隠してません? 先輩が上履きのまま校庭とか考えられないんですけど~?」

 全ての遠のいていた感覚が漸く戻り、扉の外から俺を追いかけてきた後輩達の声が聞こえて来て、その意外と鋭い指摘にぎくりとするも

「そんな事をして私に何のメリットが? 疑うならこの部屋を見て回れば良い、でも、気が済んだら出て行ってくれないかな? 私は絵を描きたいんだ、騒がしいと集中出来ない」

 日比谷の冷静極まりない返しに、気圧されたように一瞬黙り込み、けれど諦めきれない様子でぶつぶつと言っている様子が聞こえた。


 藤堂に肩をつつかれ、指さされた先にあるソファーに移動すると自分も隣に座り、少し様子を見るというしぐさに頷く。

 さっきよりはマシだとは言え、狭い鍵の掛かった密室に体温が感じられるほど側に二人きりで居ることに息苦しさを感じてしまう。


 あの時、こいつにとっては理不尽なものでしかないと気づきやり場を無くした俺の想いは、まだ胸の中に息づいている。

 結局自覚も無いまま降り積もった想いなんて、今更自分では消し方さえ想像も付かなかった。


 けれど、愛だ恋だとうるさいほどの俺たちの年代にあっても、それどころじゃないトラブル続きの中学生活を送っている結果。

 本当に俺の回りにいる女たちと同年代なのか疑うほど、そういう回路が開いてない藤堂に、この気持を押し付けるのはどう考えても理不尽。


 だったら、少なくとも眠ったままの心の目覚めを待って、それからなら?  それまでは絶対おまえに気持ちを押しつけるようなことはしない、俺が側に居ることを許してくれるのなら、この気持ちを隠したまま友達として……それくらいなら許されないかと、考えることにした。


 そんなことをしているうちに、あいつが誰かを好きになるかも知れない。

 変なふうに目をひく所のある奴だから、誰かがあいつの心を目覚めさせようと動くかも知れない。

 事実、俺のすぐ側にも恐らくは同じ想いを抱いていそうな奴に心当たりもあって……

 本当はそんなことを考えるだけでも焦りと共にこみ上げる気持ちはある。

 けれど……おまえを傷つけ続けてきた俺が、それが耐えがたいからといって、自分の気持ちを押しつけるのは余りに身勝手だろう。


 できるだけそちらを見ないようにしていたが、あまりの静かさに不審に思い振り向いてみて、肘置きに頭を載せて眠っている姿を見つけた。

 本当にこいつは……。

 安心しきったように気持ちよさ気に眠る姿に、昔険しい表情で俺を見つめていた面影はなくて、その事にほっとしつつも、ここまで無防備に振る舞うことで俺のことは男だとさえ認識していないのかと苦笑が漏れる。

「そんなに、俺を信用するな……」

 気の強さを見せて光る瞳を今は隠すまぶた、身長の割に顔を幼く見せる緩やかなラインを描く柔らかそうな頬、小さく寝息を立てる、最近は俺を見ても楽しげに綻ぶ唇……。

 見つめていると触れたくて……、気を抜くと伸ばしそうになる指先を押しとどめるためにぎゅっと拳を握りこんだ。


 コンコン

 どれくらいそうしていたのか……、小さくドアをノックする音にはっとする。

 ソファーから立ち上がってドアを開けると、もう大丈夫みたいと言いながらドアを開けたのが俺であることに不思議そうな顔をするから、藤堂にこの部屋に引きずり込まれてからの一部始終を伝えると、その親友は珍しく困った顔をしてため息を付いた。


 色々言いたいことはある、けれど助けてもらったのは確かなことで

「ともあれ、匿ってもらって助かった、悪かったな」

「どういたしまして、……にしても紗綾は、ちょっと無防備すぎ」

 眠る藤堂を見下ろして、苦笑している日比谷に頷いて同意を示す

「全くだ……信じられない! ありえないだろ」

「まぁ、気持ちは分かるけど、落ち着きなよ、騒ぐとまた戻ってくるよ? 紗綾なりに必死だったんでしょう、そりゃ、年頃の男子抱きしめて口塞いで耳元でとかめちゃくちゃだと思うけど」

 俺がされた行動を再度羅列されて、頬が熱くなるのが判る。

「当たり前だ、どんな教育してるんだこいつの家」

「あー、従兄弟が多いらしくてね、弟も居るし、変な風に男慣れしてるっていうか……」

「妙な言い方をするな」

「しかし、のんきに寝てる……昨日数学で徹夜に近かったらしいけど」

「塾の課題か?」

「らしいよ」


 眠る藤堂を見つめる日比谷の視線につられて再度ソファーに目をやると、そのまぶたがぴくりと動いて、普段の気の強い光を消したとろりとした瞳が俺を見つめた。

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