お……おい
放課後の美術室。
もう、クラスに居場所がないとか、居心地が悪いとかいうわけでは無いのだけど、やっぱりここに居ると安心する。
今のクラスでは初対面の男子達は最初私を見ると少し構えたけれど、普通に話しかけると少し驚いた顔して普通に返してくれるし、面識のある残りの約半分も少し気まずげにしつつも、私が何も言わないで極力穏やかに接している限り突っかかってくるような事は無くて。
三年になってから話すようになった立原君は、このクラスに元々の知り合いが多いみたいで、喋っているとクラスメイトが話に入ってくる。
今まで殆ど知らなかった彼らは私に慣れて来ると
「藤堂って、おまえ本当に本物?」
「嘘だろ? 噛み付かれた奴が居るって聞いたんだけど」
そんな事を言って来るから
「噛み付いたりはしたこと無いよ? 第一あんな美味しくなさそうなの口に入れないよ!」
文句を言ったら
「旨かったらかじるのかよ」
「天然だったのか……」
なんて、呆れては居たようだけど、でもその言葉にも視線にも険は無くて、私は初めてと言えるほど穏やかなクラスの雰囲気の中、敵になる男子が居ないという状況に落ち着いていた。
「それは良かったですね、願わくばその平穏がつかぬまの夢で無いことを……」
「先生まで不吉なことを言うのは止めて下さい」
「それはそうと、今年は共同制作は強制しないで大丈夫そうなんですよ、どうしましょう?」
二年間やって来た美術部の地位向上の為のそれ、今年は無くて良くなったと言って居る先生は明言はしていないけれど、恐らく葛城先生に一方的に突っかかってきていたように見えた教師が、他校への赴任が決まったからかなとちらりと思い、優樹を見ると彼女も私を見て居て、多分同じ事を思ったのか少しだけ頷いた。
確かに、今年は受験生、塾での課題の難易度も上がっていて、あれほどの量のモチーフの制作は厳しそうだ。
「じゃぁ、そっちは引退しますけれど、発表には何か彫刻をしますし、部員の引退はしないで此処で勉強してても良いですか?」
すると先生はくすりと笑って
「学校で勉強をするというのに止める教師は居ませんよ、今までご苦労さまでした」
そう言ってくれた。
だから、今日も美術系の高校へ進路を決めて、最近はずっとデッサンを繰り返している優樹の隣で、塾のテキストを開いていた。
それにしても、平和だ。
相変わらず自由度の高いこの部活は、こんな気持ちの良い天気の良い日に美術室に篭もっているのは優樹と私くらいで、その優樹は目の前のブルータスに神経を集中して居て、聞こえてくるのは迷いの無い木炭を動かす音のみ。
私は、昨日引っかかった数学の問題に集中しようとは思うんだけど、さっきから迫ってくる眠気にどうにも負けそうで、……あくびをかみ殺していると。
ガラッ…
突然扉が開き、一条がするりと入ってきた。
「どうしたの?」
「悪い、また追いかけられてる、隠れるところとか無いか?」
焦ったように美術室を見回している。
すると、優樹は私に美術準備室の鍵を渡し、自分も席を立った。
遠くから女子生徒のざわめきが聞こえると言うことは、余り時間が無い。
優樹の意図するところを察した私は、一条の腕をつかみ準備室の鍵を開け、彼を放り込もうと思ったけれど、優樹が部長権限で貸してくれた部屋に部外者を一人だけ入れる訳にはいかないと思い直し一緒に部屋に入って、内鍵を閉めた。
「お……おい」
追われているというのに、無防備に声を出す一条、ここで気がつかれれば優樹の好意が無駄になる。
だからその口を塞ぎ、準備室には曇りガラスとは言え窓があるので一条の肩を押さえて、一緒にその場にしゃがみこんだ。