この、天然……
――あぁ、やっぱり綺麗だ
塾の帰り道、いつもの遊歩道の桜並木で、私は自転車を置いてベンチに座って満開の桜を見上げて居た。
夜の桜は昼見るのとは違い、どこか陰のような物があって、少し心がざわざわする。
でもだからこそずっと見つめていても飽きないのかなって思う。
「なにやってるんだ? おまえ」
「ひゃっ?」
突然後ろから声をかけられ、驚いて振り向くと鳴木が立って居た。
「びっくりした、鳴木か~」
「驚くのはこっちだ、先に帰ったのかと思ったらこんな所でぼーっとして、危ないだろ?」
「大丈夫だよ、自転車あるし変な人きたらすぐ逃げるって!」
「おまえな、俺がここに来るまでまるで気づかずにぼーっとしてた癖に何でそんな事が言えるんだ? 絶対逃げ遅れるに決まってる」
確かにいつの間にか私の後ろに立たれてしまって居るのに、反論もできなくて黙って頭上の桜を見上げた。
「あんまり綺麗だったからね~」
「花見がしたかったら俺を待てば良かったんだ」
二年の終わり頃に一緒に帰って以来、駐輪場で一緒になればなんとなく途中の分かれ道まで一緒に帰るようになって居た。
けれど、三年になってから生徒が増えたこともあって、塾のクラスが2クラスになった。
私と莉緒と皐ちゃんと一条の居るBクラスと、松くんと鳴木がいるAクラス。
松くんと別れてしまったのは寂しいけれど、志望校のことを考えてもAクラスには入れるだけ学力は必須と言われているから、夏期講習前に行われるという最終のクラス編制の試験に向けて頑張ってる最中。
だから鳴木とは今はクラスが違うし、そうすると終わる時間も微妙に違う。
特に新学期の始まりたての今は、きめ細やかな指導が売りのうちの塾では授業の終わりに個別の指導なんて時もあって終了時間の予測が付かない。
だから今日も数分ほど待ってみたけれどまだかかりそうだなと、一人で帰りながら、見上げた頭上のこの見事な夜桜にちょっとお花見がしたくなってしまったんだ。
「帰る時はそんなつもり無かったんだよ」
「危なっかしすぎだ、春先は妙な奴が出やすいし、俺が後ろに立つまで全く気づかねぇし、少しは……」
ザァーー
「うわぁ、花吹雪!」
鳴木の言葉を遮るように強い風が吹いて、花びらが舞うのに思わず立ち上がり見とれてしまうと、聞いてねぇし……
とか私の後ろで鳴木がため息を付いて居て
「なんだか久しぶりだな、おまえ見るのも」
「そうだね、学校もクラス違うしね、一条とはまた同じクラスなんだって?」
変わった話題にほっとして、まみれてしまった花びらを払いながら頷く
「これで三年連続だ……、そっちは立原と一緒のクラスだって?」
「あ、うんっ! 隣の席で吃驚しちゃったよ、席は替わっちゃったけどね」
「らしいな、……何だか癖のありそうな奴の隣にわざわざ変わったとか、大丈夫なのか?」
どうして自分から面倒事に……なんて言っているのに、平気だよって笑って鳴木を見ると、花びらが一枚髪にくっついているのを見つけて手を伸ばした。
すると驚いたように一歩下がろうとするから、花びら取るだけだよって、そのほのかに色づく小さな花びらを摘まんだ。
その、薄い小さな花びらを指先から離そうとして、ふと思い出す。
――そう言えば、桜の花びらって……
指先の小さなそれを両手でつまんで唇にそっとあてる
「っ! 何やってっ」
ピィーーッ……
「うん、いい音、昔こうやって笛にしなかった?」
「おまえは……」
「ん?」
夜の遊歩道は街灯があってもなお暗くて、けれど今は満開の桜が光を反射しているせいか、いつもよりは少し明るく、そのせいか鳴木の表情もわりとはっきり見える。
片手で口元を覆って視線を逸らして、しかもなんだかうっすら赤いような? どうしたんだろう。
「鳴木……?」
声を掛けると、口元から手を放して軽く首を振ると
「何でも無い……おまえ帰らないで良いのか?」
言われて、慌てて腕時計を覗くともう結構な時間!
「うわっ! 急がないと心配されちゃう」
慌てて自転車の方に戻る背中に
「この、天然……」
何処か疲れたような、鳴木の声が聞こえた。




