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理不尽な感情 (side 一条)

  ――例えば、そうだな、私が一条を好きになったりすると思う? お互いあり得ないって思うでしょ?

 あの日塾の廊下であいつが言った言葉。

 考えてみれば俺は、自覚するより前に既に振られているようなものだ。

 それも当然だとは思う、今まで俺が藤堂にしてきた態度から考えれば、俺を嫌って居たとしても文句など言えない。

 なのに、最近のあいつは驚くほど普通に接してくるから……少しだけ、期待をしてしまう。


 好きだって言ったら……おまえは、どうするだろう?

 驚きはするだろう、藤堂の心はそういう意味では明らかにまだ眠ったままだ。

 けれど俺の気持ちを注ぐ事で、その心を目覚めさせることは出来ないだろうか?


 あの時はまだ気がついていなかった……いや、無意識に気がつかないようにしていたのかも知れない。

 ――そんな事は俺には許されないって事に。



「一条くん、ずっと好きだったの……付き合って、くれませんか?」

 放課後の屋上に、隣のクラスの小柳とその友達だという強引な女子に屋上へと連れて行かれた。

 確かに彼女は背中を覆う長い黒髪と、黒目がちの瞳が特徴的で男からの人気は高いのは知っていたが、俺にとっては話した事も無く、人となりさえよく知らない。

 そんな人間とよく付き合う気になる物だと、ため息をつきそうになるのを堪えて

「ありがとう、でも……ごめん」

 無難なセリフを返すも

「なんで? 一条くんフリーなんでしょう? 里香はいい子だよ? 可愛いし! 本当にずっと一条くん好きだったんだよ?」

 付き添いだという隣の女が何故か必死な様子で言い募り

そばに……いたら駄目ですか?」

 自分の気持ちを友人に代弁させて、これみよがしに上目使いで媚びてみせる姿に苛立ちが募る、けれどそれを表に出さないよう努めつつ

「本当に無理なんだ、悪い」

 軽く頭を下げ……、これだけ付き合えば十分だろうと、踵を返すと

「こんなにお願いしているのに、酷い……冷たいよ!」

 背中にすすり泣く小柳の声と、俺を責める付き添いのそんな声が聞こえて、階段に続く扉を開けながらあまりに身勝手な発言に、今度こそため息が出る。

 勝手に好きになられて、好きではないからと断れば、冷たいだの酷いだの……あまりに理不尽じゃないか?


 「理不……尽?」

 階段を降りながらふと心の中で発した言葉に、心臓がすっと冷えるのが判った。

 好きでもない奴に好きになられて、その心を受け取れないからと言って責められるのは理不尽、そんな事を俺はずっと思ってきた筈で、……でも、ならば俺は?

 ただでさえ、少し前までの俺は自分の感情さえ見失ってあいつにキツく当たって、理不尽な態度をとって来た。

 なのに、今度は目覚めてすらいないあいつの心を無理矢理起こして、気持ちを押しつけるなんて……藤堂からしてみればそれこそ理不尽、なんじゃないか?

「俺は……馬鹿だ」


 好きだって、告げて、 気持ちを注いで…… そしてその心を目覚めさせる?

 ――俺がされたら? 好きでもない奴からのそんな気持ちの押し付けを、自分は鬱陶しいと思うのに? ……出来る訳が無い。


 俺は、もう二度とおまえに理不尽な感情をぶつけたりはしない。

 そう、決めて居るのだから。


 友達からの手紙なんて物をあいつの手から渡されて、漸く気が付いた、本当はずっと惹かれていたって。

 粉まみれになりながら、満足げに黒板の掃除をしてた姿に何故か視線が留まった。

 ゴミ置き場で発泡スチロールにまみれた姿をガキっぽいと思いながらも、目が離せなくて。

 塾の初日に俺を見た時、こぼれ落ちそうな程目を見開いて俺だけを見て居ていた時の不思議な高揚感。

 姿を見ると何故か苛立ちが募り、ついキツイ言葉を投げつけて、けれど、そんな時だけは真っ直ぐ俺だけ見て言葉を返してくるから、それを止めることが出来なくて。


 そんな態度だったのに、部活が切っ掛けで女子に追いかけられ、植え込みの陰に隠れてていた俺に美術室の窓を開けて助けてくれて、その日以来部活の終わりにノックすると、あいつが近づいてきて窓を開けてくれるのが、待っていてくれたようで……嬉しかった。


 最近は俺を見かけても昔みたいに無感情に視線がすり抜けたり、眉を顰めたりもせず、目が合うと何時もはキツくさえ見えるその目元を少し和らげるのに、それだけの事で少し早くなる俺の鼓動。

 常日頃から年齢としのわりに冷静だと言われる俺が、おまえにだけは感情を揺さぶられるのを止めることが出来なくて……。


 そうやって俺の心の奥、一番柔らかい場所でゆっくり降り積もっていた、溶けない雪のような想い。

 ……この想いは何処にやれば良いんだろう?

 気持ちに無理やり蓋をしようとして、心が悲鳴を上げるのが解る。

 無理に押し殺そうと抑えると、反発して込み上げる感情に胸が痛い。


「でも、そうするしか無いんだ……」

 自分に言い聞かせる様に言葉に出しても、その声はかすれたような小さな声にしかならなかった。

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