大嫌いだ、おまえなんて
「藤堂、これから教室に戻るのか?」
職員室に日誌を届けたら、担任の先生の向かいに座っていた国語の倉田先生に声をかけられた。
はい、と頷くと
「なら、悪いがうちのクラスにこのチョーク届けてくれないか? 日直が取りに来るはずなのに中々来なくてな、もうすぐ会議で俺は席を外すってのに……」
そんな風にいうのに、どうせ通りすがりだからと思い引き受けた
……でも、これ、どうしよう?
軽い気持ちで引き受けたのだけど、目的の教室をちらりと覗いたら、何やら男女二人が向かい合って女の子が必死な様子で目の前の男子に何か言い募っているのが目に入った。
その二人か、若しくはどっちかが日直なのかは判らないけれど、誰も居なければ教卓にでも置いておいてくれと言われて居たからそのこと自体は問題では無い。
でも、いくらなんでもあの雰囲気の中、ズカズカ入っては行けないし……少し自分の教室で時間でも潰すかとそのまま足を止めずに歩いていると、ガラリともう一つのドアが勢い良くあいて、女生徒が駆けて行った。
私を追い越して走って行くのにこれで残るは、さっきの男子生徒一人かとホッとして、廊下を引き返して空いたままのドアから中をぐるりと見回して……ゲッって思った。
「藤堂? ……何の用だよ」
残ってたもう一人、それは坂本だったらしい。
とは言え、三学期も終わりかけの今、私の周りはかなり落ち着いて居た。
同じクラスの鷲尾なんかはまだうるさいけれど、一時期よく教室まで来てた坂本は最近は顔を見る事も減っていて……だから、大丈夫かなと
「先生に頼まれた、これを取りに来るはずだった日直に渡してくれって……それ、坂本?」
「あ、あぁ、そう言えばそんな事……」
頷くのにホッとして近寄りチョークを渡そうとして
「うわっ!」
なぜか足下に落ちていたプリントに滑り
ガターンッ!!!
足元が滑って、バランスを崩し慌てて支えにしようとして手を掛けた机を、結局は倒しながら転んで尻餅をついてしまった。
「いった~ぁ」
「何やっ……」
「藤堂か? おまえそんな所で何を……」
「鳴木?」
声のした方向に顔をあげると何故か教室の入り口に鳴木が居た。
そのまま目の前まで来て、あんなにスキーは上手いのになんでそんなに鈍くさいんだ、なんて失礼なことを言いつつも、手を差し出してくれるのに捕まって立ち上がる。
「一言余計だけど、ありがと、……でも、どうして?」
「坂本を呼びに来た、バスケ部のおまえこないと運動部会議開けないんだが、まだ来れないのか?」
後半は坂本を見ながら言うのになるほどと思って、じゃ、これねって、転んでも離さずに持って居たから無事だったチョークを坂本の目の前に置き、倒してしまった椅子を直して居ると
「全く……相変わらずそそっかしいよな」
呆れつつも机を起こしてくれて居る鳴木
「あんなところにプリント落ちてるって思わないもん」
「少しは足下見ろって、怪我が無いから良いけど、その点だけは運動神経のたまものか? ……っと、こんなものか?」
倒れた拍子に飛んでしまった、机にかかってた体操着の袋を拾って掛けてくれるのに、ありがとうと言って教室を出ようとして
「もうこけるなよ?」
鳴木にからかうように声をかけられた。
「大丈夫だよ」
そんな始終転んでるわけでは無いと、笑いながら振り向いたら
「おまえらなんなんだよ、さっきっからっ……」
険しい顔をした坂本に睨まれた。
「なんなんだ……って?」
意味が分からず見つめ返したら
「……やっぱり、おまえ見てるとムカつく」
さっきは思ったよりも穏やかに私を見ていたから、これ位の事ならもう普通に接することが出来るかなと思ったんだけれど、なじみのある険のある目つきで私を睨むと
「大嫌いだ、おまえなんて」
そう言ってさっき渡したチョークを勢いよく床に叩きつけると、教室を出て行ってしまった。
「何あれ?」
「さぁ、よくわかんねーけど……俺、もしかして寝た子を起こしたかも?」
「寝た子? って! チョークがぁ~! もう一回取りにいかないとだよ、倉田先生まだ居るかなぁ」
粉々になったチョークに転んだとでも言うしかないかとため息をつくと
「ま、そう間違ってはいないんじゃねぇ?」
なんて
「全然違うよっ……、うーん、まずは取りに行ってから掃除かな? 職員室行って来るね」
教室を出ようとしてして呼び止められた
「待てよ、チョークは俺が貰っておく、ついでにおまえが落としたんじゃ無いって言っておくさ」
「え? ありがたいけど……、でも、良いよ、何だか告げ口みたいで寝覚め悪いし」
そう言うと、鳴木は困った奴だとでもいうように目を細めて私を見て
「じゃぁ、出がけに坂本が落としたことにする、それ位ならOKだろ? それに今からの会議は倉田も出てるんだ、サッカー部の顧問だしな」
「サッカー部の顧問って倉田先生なの? ……体育の先生とかじゃ無いんだ」
「ちょっと意外だろ? サッカーで全国まで行った癖に国語教師やってるだけ有って多少変わってるがその分話しやすい、付き合いも長いしな、……だから、任せろ」
そう笑うのに、じゃぁお願い、って掃除用具入れから箒を取り出すと
「お、珍しく素直」
すぐに、そうやってからかってくるんだから……
「もうっ! 坂本呼びに来たんでしょう? 急いで戻らなくて良いの?」
すると、慌てたようにいけねっ、なんて呟いて教室を出て行くのに
「……先生に見つからないと良いけどね」
部活で鍛えてるだけあって、その駿足であっというまに足音が遠のくのは流石だとは思うけれど、廊下を走ることは禁止なのを忘れている様子にちょっとだけ心配になった。