修学旅行 1
「こういうものってさ、基本的に万人向けなモノを選ぶべきじゃない?」
「……でも、段階別に教室が開かれてるわけだし、器具買えというわけじゃないし、そんなに敷居は高くないと思うけれど?」
修学旅行三日目、連日のスキー教室にすっかりやさぐれた優樹はホテルの部屋の窓際のテーブルと椅子が設置されたスペースで、くったりと椅子にもたれて一歩も動く気が無いようだ。
「体験の機会をとか余計なお世話なんだよ、行きたきゃ自分で行けば良いんだ、……日々の体育の授業と運動会に球技大会まであるのを付き合うだけじゃ足りないっていうのかな」
「うーん、スキーそこまで大変? 基本的に滑るだけじゃ無い?……ととっ」
うむ、これは失言だった。
紗綾? とうろんな目でこちらを見る優樹にあははと誤魔化すように笑って
「ちょ……ちょっと散歩行ってくるね、優樹は休んでて」
そう言って部屋を出た。
――危ない危ない、あのモードの優樹は運動会と一緒、手負いの獣みたいなもので下手なことを言うくらいなら離れていた方が賢明だ。
そうして慌てて部屋を出てみると、皆それぞれの部屋で喋ったりしているのか廊下は静かで、……取り敢えず飲み物でも買おうかと地下に降りると、自販機の前でボタンを押していた鳴木と目が合った。
「何してんだ、おまえ」
「ん~、散歩というか、優樹が筋肉痛でやさぐれてて暇でね~」
「へぇ……なら、ちょっと俺たちの部屋に来ないか?」
「はい? また面倒なことになるじゃない! 何考えてるの」
そう目を剥くと、鳴木は自信たっぷりに、いま部屋には俺の幼なじみと一条しか居ない、残りの奴らは彼女に会いに行っているから自由時間終了まで絶対帰ってこない、などと胸を張る。
そこまで言うなら、まぁ、どうせ暇だしいいか……と、自分のお茶とふと考えて、果汁100%のオレンジジュースを買って
「部屋行くのはいいけど、、その前に少し私の部屋に寄って良い? 優樹にこれ届けたいから」
そう言うと了解といって鳴木は笑った
優樹に気分変わるかもしれないし良かったらこれどうぞと、オレンジジュースを渡し、ちょっと鳴木のところ言ってくるわと言いながら、自分の鞄から定番のおやつを取り出して小さなバッグに入れ替え部屋を出ようとすると
「鳴木ってあんた……」
背中に掛かった心配そうな優樹の声。
でも、部屋の前に鳴木を待たせて居るから余りゆっくりできないし
「噂とかは大丈夫と思う、あとで話すね」
そう言って部屋を出て、廊下で待っていた鳴木にお待たせと云って部屋に向かった。
入れよと開けてくれた扉をくぐり、部屋の奥を見ると、吃驚したような顔でこちらを見る一条と、訝しげにこちらを見てるもう一人の姿が見える。
「おまえ……、何でここに」
「俺が呼んだ、日比谷が筋肉痛でギブアップしてて暇なんだと、で、丁度いいかなって……こいつ俺の幼なじみの立野だ」
眼鏡をかけた優しそうな感じの立野君、へぇ、鳴木の幼なじみ……。
「藤堂です、お邪魔します」
すると、立野くんは宜しくと穏やかに笑ってくれるのに少し感動する。
この学校にこんな男子が居たのか……。
嬉しくなって、持ってきた手土産をテーブルに広げる、私の遠足必携の近所の美味しいおせんべいやさんの手焼きせんべいと、カリカリ梅
「え……? 嫌い? 梅とか駄目だった??」
なのにテーブルに置かれたおやつを前に沈黙する三人。
まぁ最初は驚かれることも多いけれど、そんなに悪いセレクトでも無いと思うんだけどなぁ?
「……いや、ありがとう」
戸惑いがちにだけどお礼を言ってくれる立野君に比べて
「ありえねー、女かコイツ?」
「梅のしば漬けとせんべいがおやつ……だと?」
溜息をつく二人の失礼なこと。
――ま、いいか
「で? 鳴木? 何をすればいいの?」
そもそも、私はちょっと手伝って欲しいことがあるからってここに呼ばれたはず
「あぁ、さっきからコレやってたんだけど進まなくなって投げたところだったんだ、おまえが居れば解けるかもしれねぇ? って思ってさ」
そう云って机の横に置いてあった雑誌を開くと、中味はクロスワードパズルだった。
机に広げられた其れをゆっくり見ようと、一条のソファーの隣に座る
「お……おぃ」
そこには少し難解な漢字の読み方や、古今東西の名著の作者を答えるなど私の得意分野の問題が並んでいて
「ん、これは、擬宝珠……だね、五重塔は、幸田露伴? これは、毬栗……」
「お、流石、やっぱ国語系は強いな」
そう言われると悪い気はしない。
けれど隣で、普通男だけの部屋に一人で来るか? 信じらんなんてぶつぶつ言っている声も聞こえて、視線を向けると文句を言ってたくせに持って来たカリカリ梅をかじっている一条。
「美味しいでしょう?」
笑ってみせると
「食えなくはない」
なんて言いうからおかしくなる。
そのページの空欄は全て埋めてキーワードを書き出して、ふうと溜息をつくと、鳴木がそういえばとスキー教室はどうだ? と聞いて来た
「自由行動の試験のクリアまで行ったよ、そう言う鳴木は?」
スキー教室はランク分けがあって実力によってそれそれ異なるカリキュラムが行われていた。
そして上級者クラスでは、今日の授業の最後に明日の自由行動で、このゲレンデの高難易度のコースに行く許可を得るための試験が行われたんだ。
「かなり上手いんだな、俺も合格したけれど、男でも許可貰えた奴は少ないぞ?」
「最近は冬期講習もあるから行けない時もあるけど、家族で行くことも多かったから、そういえば、鳴木も一年の時冬期講習に来ないなーと思ったら真っ黒にスキー焼けしてたね」
お正月明けに現れた時の季節外れの焼けた肌に、目の周りだけは薄い元の肌色だった姿に逆パンダみたいだと思ったのを思い出した。
「わりに滑れるんだな……かなり意外だが」
「失礼な、そういう一条は?」
「俺だって許可済みだ」
私が試験に合格したと行ったら意外そうな顔をした一条は、こちらの質問に対してはあれくらい簡単だ、なんて言っていて……
「ということは、明日の午後の自由行動は例のルート来るのか?」
「私としては行きたいんだけど一人なんだよねぇ、……先生はあそこだけは単独行動は避けてくれと言ってるけど、友達に合格者は居ないし」
折角試験は通ったけれど、一緒に行く人の心当たりは無くて残念だけど無理かなと思って居ることを言うと
「……じゃぁ、俺達と来れば?」
「え? そっか、二人はあそこ行くのか……」
鳴木にそう言われて諦めてただけに心が動く
けれど私と居ると面倒なことになることが多い……それが心配で、ニコニコしながらこちらを見ていた立野君にも、明日は鳴木達と一緒なのかと聞いたら焦ったように、あんな危険な所行ける技術はないからと手を振り、別の友だちと一緒に別のコースだと微笑む
「じゃぁ、鳴木と一条?」
「一緒だと、普段なら面倒臭いかもだが、スキーウェアに帽子にゴーグルで誰かどころか、性別すら分からねーよ」
そうきっぱり言われ更に心が動く。
隣の一条を見ると、また梅を囓っている。
癖になるんだよなーと思いつつ聞いてみた
「私もいい?」
「足手まといになるなよ」
そんな事は言うけれど、口元は笑っていて……俄然明日の自由時間が楽しみになった。




