いいから、行くぞ (side 鳴木)
「おまえ、一条への手紙預かったりした?」
ユニフォームに着替えた部員がまばらにグラウンドへと出てきて、二人一組になりストレッチを始める中、日曜日の練習試合のメンバー表の確認をしていると
「鳴木、悪いがこれ、帰りまで預かってくれないか?」
そう言って一条は、俺に薄いピンクの封筒を差し出した。
基本的に部活の時は皆荷物を持たないけれど、俺は部長の仕事の一環としてスコアブックや試合の日程表などの入ったトートバッグを持ち歩いている。
だから、ちょっとした物を預かってくれと言って来ることは一条に限らずあるけれど、一目で何なのかが想像が付くそれに思わず手が止まった。
一条がモテるのは知っているし、一緒にいる時に手紙を受け取ってくれと言われているのは、何度か見たことはある。
けれど、俺が知っている限り受け取った所は見たことが無かった。
だからそれを受け取っていることに驚き、ならば受け取るに足る相手だったのかと思えばこの上ないほど機嫌は悪く見え
「馬鹿が預ってきたんだ」
続いた言葉にもしかしてと、あいつの名前が浮かんだ。
あれ以来気になっていた事を、久しぶりに一緒になった自転車置き場で藤堂に聞いてみれば
「うん、よく知ってるね」
目を丸くして俺を見るのに ……やっぱりな、と思う。
一条があんな顔で馬鹿と言うのは一人しか居ないし、何より手紙を受け取っているということから、おそらくはこいつだろうと思っていた。
「よく受け取ったな、あいつ」
「受け取ってって渡したらあっさり貰ってくれたけど? あ、でも少し吃驚してたかな、手紙なんて貰い慣れていそうなのにね」
「……貰い慣れては居ないと思うけどな」
「へ?」
「受け取ってくれって渡されてるのは多いが、断ってばっかで受け取ってるのみたことねえし、だから珍しいと思った」
「え? そうなの? じゃ、なんで受け取ったんだろう……」
どうやら、最初に預かり物だと言わずに渡したらしい様子に、どうしてあんな顔をしながらアレを持っていたのかがなんとなく判った気はした。
けれど、当の本人は不思議そうに首なんてかしげていて
「……違う奴からだと思ったんじゃねーの」
――一条の胸の内を聞いたわけではないが、もしも想像通りだとすれば少し気の毒になる
「え?」
「いや、……そういえば、最近一条美術室行ってるって?」
ファンだのと言って寄って来る女達に部活の後囲まれて居た一条が、いつのまにか部活の後すっと消えるようになり、何の気なしにどこから消えているのかと聞けば、美術室を経由しているという。
しかも、あれだけ睨まれて、嫌味を言われて居た癖に、植え込みの陰に隠れていた一条に藤堂の方から声を掛けたと聞いて驚いた。
「そうなんだよね、流石にこの季節あの子達が消えるまであんなところ居るのは見過ごせないし、でも、そのせいかな? 最近は突っかかってこないから助かってる」
確かに、一条にも思うところはあるのか、最近はこいつに絡む姿を見ては居ない
挙句こいつも、風邪でもひかれたら目覚め悪いし? なんて、今までの出来事を忘れたように笑っていて……。
一条に限らず、周囲の人間からあれだけの目にあわされて、教師さえ信用出来ないとか言っていた癖に、お人好しというか何というか。
だから手紙も渡すことになるし、あいつを見捨てられなかったんだろうが……。
そんな事を思っていると
「そう言えば、準優勝おめでとう」
などとずいぶん遅れた祝辞を受けた。
「今更かよ?」
「だって、言う機会なくて、わざわざそれだけ言いに行くのもおかしいかなって」
「来れば良いじゃ無いか」
そう言ったら
「私が近づくと、余計な事に巻き込みそうだしね」
困ったように俺を見るのに、相変わらずだなと思う。
苦手にしていた一条にさえ何か有れば近寄るのは躊躇わないくせに、俺との距離は縮めようとしない。
「そういえば、鳴木は?」
「何が?」
「ファン増えたって?」
手塚に、一条の次にターゲットになっているのが俺だと聞いたらしく、からかうように言って来るのに余計な事をと思う。
「俺は……まぁ、うるさくはあるけど、我慢出来ないほどじゃないしな」
次のターゲットと言っても、あいつらの目的は殆ど一条だから、俺に来るのは人数も少ないし押しもそう強くは無い。
中には羨ましがる奴らも居るけれど、見るからに俺よりも華奢でか弱い彼女たちはその分したたかでもあり、相手にするには面倒臭すぎる。
それ位なら、この目の前の女らしくも無いのをからかって居る方がずっと……。
「うるさいとか、我慢とか、何か違うような?……って、やばっ!」
俺の言葉に訝しげな顔をして居たと思ったら、後ろにある時計を見上げて慌て出す藤堂
「もうこんな時間!? ごめん、先行くね、また!」
慌てたように駐輪場を出ようとして
キキーッ!!
「おいっ! 飛びだすな!」
途端無茶な運転で曲がってきた車に接触しそうになる。
本当にこいつは危なっかしい、運動神経も普段の運転も基本的には悪くないはずなのに、道を走っているのを見かけると、何となく落ち着かない気分になる。
その上慌てていていつもよりも浮き足立っているのを、とてもじゃないけれど放っておけなくて
「っぶねーなぁ、スピード出しすぎ! ……けど、おまえも、もうちょっと落ち着け? ……いくぞ」
「ん?」
「どうせ同じ道だろ? この時間でこの暗さなら、おまえと居ても面倒な事にはならないだろうし、なにより危なっかしい、おまえよくふらふら走ってるし」
「ええ? そんなこと無いよ」
「いいから、行くぞ、親心配するんだろ」
「うわぁー!」
「だから、落ち着けって……」
慌てる藤堂を宥めつつ、分かれ道まで一緒に行くことにした。
どうせ方向は同じだし、さっきの光景を見た後では心配が消えない。
だから、あいつの隣に自転車を並べて夜道に向かい強くペダルを漕いだ。