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ここから逃げたら?

「何やってるんだろう、さっきから……」

「ん?」

「あの窓の外にいるの、一条だよね? 全然動かないであそこでじっとしてるんだ、もう10分以上かな……」

 キャンパスに集中していた優樹は私の言葉に窓の方に視線を向けて、少し考えるような顔をしたけど、すぐにああ……と苦笑しながら、逃げてるんじゃ無い? と言った。

「何から?」

「ほら、香織がこの前言ってたアレ、この前の大会でサッカー部が活躍したから他校の生徒まで校内入り込んで大変だって、丁度あの前って植え込みだし、騒ぎ収まるの待ってるとか?」

 そう言えば、先日の大会で見事準優勝を果たしたサッカー部は人気もうなぎ登りで、最近は他校の生徒までが放課後うちの学校に来ているようだと香織が言っていたのを思い出す。

 生徒会としても他校の生徒に校内に入り込まれるのは問題とは思いながらも、校門と近いところで固まる彼女たちは、注意する人間が近づこうとすると素早く察知して逃げてしまうらしくて埒があかないと、疲れたように私の机に懐きながら呟いていた。

 そして、そのメインのターゲットになっているのはもともと校内でも人気の高い一条だとか。


「隠れてるの?」

 下校時間も近くなって、そろそろ帰ろうかと言う時間なのにぴくりとも動かないその様子が気になって、結局窓を開けて声をかけてしまった。

「藤堂……」

 腕を組んで、壁により掛かっていた一条は驚いたように私を見ると、軽く溜め息を付いて目の前の植え込み越しに校庭を指さした

「あれから、逃げてる」

 案の定、その指先に視線を向けると、校庭の側に置いてあるベンチの側で何人かの女の子が固まっているのが見える。

 もう、時間も遅いというのに帰る気配も見せない彼女たちの様子。

 けれど、暗くなってきて風も冷たくなってきている中、部活後だけあって汗ばんでいる一条も放っておけなくて

「ここから逃げたら?」


 そう提案して

「ちょっと待って、土足はまずいから床に新聞敷く」

 彫刻の下敷きに敷いている新聞紙を窓の下に敷いて、この上に乗ってね、そう言って美術室を出る。

 少し先の来客用の入り口にあるスリッパを一足持って美術室に戻ると、新聞紙の上で靴を脱ごうとしている一条がいて。

「はい、どうぞ」

 目の前の床にスリッパを置くと、戸惑ったように私を見て

「……悪い」

 なんて言っている。


 ここの所大会もあってそれどころでは無かったのか、一条が絡んでくることは無くなっていた。

 それもあって思い切って声をかけたけれど、大会が終わった今も状況が状況だけあって私に嫌味を言っては来ない。


 ――私のことは嫌いでも、こう言う時はまともに応対出来るんだ。

 昔から隣の席が普段私に絡んでくる奴だったりすると、例えば向こうが教科書を忘れて先生に見せてあげなさいなどと言われ、嫌々ながら机をくっつけて間に教科書を置いたりしても、あからさまに嫌がったりするのが多かった……。

 私だって好きでやっている訳ではないのに、尚且つそんな態度を取られるのは流石に気分が悪くて、でも、教科書を見せなければ先生には怒られるしで、散々だった。

 それを思い出せば、戸惑いつつも言うとおりにして「悪い」なんて言っているのに、一条はまだ話が通じる相手に思えた。


 それに皐ちゃんの手紙には律儀に答えてくれて、その答えは彼氏になるとか言う内容では無かったらしいけれど、彼女には納得のいく物だったらしくて、妙に楽しげに返事に目を通して

「やっぱりね、一条君は紗綾には面倒臭い相手かもしれないけれど、そう悪い人じゃなさそうだよ」

 そんな風に笑ってた。


 だったら……

「続きそうなら、ノックしてくれれば窓くらいは開けるよ」

 そう一条に提案した。

 すると彼は信じられないというように私を見上げて、結構長いこと正気か? とでも言うように私の顔を見ていたけれど、やがて小さく

「……良いのか?」

 と言うのが聞こえた。


 ……コンコン

「お疲れ、どうぞ」

 あれから、部活の終了間近になると、美術室の一番端っこのドアが叩かれるようになった。

 ほぼ毎日のことなので、窓の側には新聞紙をすぐ広げられるように置いてあり、窓を開くと同時に床に新聞紙を敷くと、身軽な一条は窓枠に手を掛けてふっと体を浮かせると、一瞬窓枠に足を掛けそのままふわりと室内に飛び降りる。

 いちいちスリッパ取りに行くのも面倒でしょうと優樹が言ってから、部活前に預かるようになったシューズケースから上履きを取り出して履き替えると、開いたままの窓からケースから出したブラシでシューズの土を落として、ついでに自分が踏み越えた窓枠の土を払って窓を閉めている。

そんな丁寧さに、これは私と気が合わなかったはずだよなと少し笑ってしまう。

「なんだ?」

「いや、丁寧だなって……」

 そう言うと、ふと眉を顰めて、別に普通だと思うが……なんて呟いているけれど、ちょっと前のようにおまえとは育ちが違うなんて言ってくる事は無くて、その意外と柔らかい態度にほっとする。

 部室を脱出経路にするようになってからは、借りが出来たとでも思って居るのか、一条は穏やかで、刺々しい言葉さえ掛けてこなければ意外と普通な一条は接しやすかった。

 労力で言えば、部活の最初に窓からシューズを預かって、部活の終わりに窓を開けるだけ、けれど

「ありがとう、助かった」

 毎回律儀にお礼を言って教室を出て行く一条に、どう致しましてと笑って。

 

 こんな事で、いつもとげとげとしていた一条との関係が正常化するなら、これはこれで悪くないかなと思った。

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