おまえさ……なんでそう攻撃的なの? (side 鳴木) 2
空調の効いたビルから外へ出て、むわっとした密度の濃い熱い空気に体が包まれるのを感じつつ自転車置き場をを見ると、藤堂が籠に鞄を置いているのが見えた。
ここで騒げば自転車をなぎ倒す可能性もあるし、何も怪我をしてまで追いかけっこをする気がない俺は、この場所では不用意にあいつにかまわないようにしている。
けれど、偶然に塾の教室で二人きりになる時以外はゆっくりこいつと話せる場なんて無くて、それなら夏期講習後のこの時間ならば、暗くなるにはまだ間があるし丁度良いかと、思い切って声をかけた。
「おまえさ……なんでそう攻撃的なの?」
すると、案の定訝しげに俺を睨み
「悪い?」
と答えてくるのにため息が出る。
「そういうとこ、自分があいつらを煽ってるって自覚有るか?」
「煽ってる?」
「反応が苛烈すぎるんだよ、それにたまに思いも寄らないことしでかすから面白がる気持ちも分からなくは無い、まぁ、俺も人の事を言えないかもしれないが……」
そう、塾でのこいつを見てついついからかってしまうのは、その反応の早さと、時に返ってくる思いも寄らない反応、そんなところが面白くてガキっぽいとは思いつつ、言葉を掛けてしまう。
すると藤堂は、目をまん丸にして
「自覚有ったの?」
なんて、塾でしか見せないくるくる変わる表情も構いたくなる理由なんだが……
「まぁ、俺のことは良いとしても、なんかおもちゃっぽいんだよな、おまえ、発想も妙だし」
「妙……なの? 私」
不思議そうな顔をして、小首をかしげる姿におまえこそ自覚は無いのかと呆れてしまう。
「ま、それはともあれ、だ、流すとか出来ないか?」
「相手にしない時も多いよ?」
「無視じゃなく、受け流すんだ、柔らかく、……戸田は仕方ないと思うけど、最近はおとなしいだろ? あいつに引きずられてたくらいの奴らは少しは違うんじねーの? 煽る所があるんだよ、おまえ、……ずっとそれだと大変だぞ?」
こいつの今のトラブルの原因になった戸田はあの手紙の一件以来、藤堂には関わっていないように見える。
実際今まで違うクラスからこいつを構いに来ている奴らの中にも、戸田の姿は無かったから、あんなことでも起こらない限り、離れてさえ居れば戸田は落ち着くんじゃ無いかと思って居た。
普段の様子から何か反論して来るかと思ったが、藤堂は少し驚いた顔をしながらも、大人しく俺の話を聞いて居て
「反応する前に一回深呼吸でもしてみたらどうだ? 頭に血が上ったまま反応するからああなるんだ」
そんな俺の提案にも
「そっか、確かに私、冷静さには欠けてるよね……ありがと、少し私も対応考えてみる」
珍しく素直にそう言って来た。
どうやら納得したらしいとほっとして、自転車に向かおうとすると、藤堂は慌てたように待って、と言って俺のTシャツの裾を握って引き留めてきた。
「あ……、あのさ、すっごく今更なんだけどね」
「なに?」
「前、数学の授業の時、教えてくれようとしてくれてありがとう、何か妙な感じになってしまってごめん」
「そっ…それ、どれだけ古いっ…」
急に思い詰めたような表情をするから、何を言い出すのかと思えば、随分前の出来事を今更口に出している、なんともこいつらしいズレっぷりに思わず笑ってしまう。
「ま、色々考えたんだろうというのはなんか判ってた、……最初の時おまえ囲まれながら、すっげー目でこっち睨むし、塾とはあまりに違うから驚いたけど、来るなって言ってる気はしてた、それに日比谷とか手塚がおまえが囲まれていても口を出さないのも、おまえ止めてるんじゃないのか?」
こいつが周りを巻き込みたくたくないと思って居るのは薄々感じて居たし、ついでにずっと気になって居た事も聞いてみれば
「あの時も、ごめん、……私に構うとその相手まで攻撃されるから、優樹と香織もね、私が大丈夫なうちはあいつらが居る時は近寄らないでって言ってる」
生真面目に謝って、自分の友達だけじゃ無く、俺までも巻き込みたくなかったと思って居たらしいことを知り、本当に頑なな奴だと思う。
こいつが坂本や鷲尾なんかに絡まれている時に、あいつらはもどかしそうにその光景を見つめていて、……見守っているだけというのも結構辛いと言う事をまるで判っていない。
けれど、今の藤堂にそこまで考えろというのも酷な話だと思ったから
「判ってるよ、おまえが気にするなら俺は学校ではあまり近寄らない、それに二学期になったらどうせ席替えだからな、一学期だけだろ? 出席番号順、……だからちょっとは肩の力を抜けよ」
そう言ったら
「うん……」
俺と殆ど視線が並ぶ女子にしては大きななりで、妙に幼げな仕草でこくりと頷くと、へらり……と、二人だけの時には初めて見るような力の抜けた笑顔で柔らかく微笑んだ。