本当に、おまえなのか?
「おまえ! ふざけんなよ!? 何考えてるんだ」
教室で終わった授業の道具をしまおうとしていると、クラスが変わって以来殆ど接触は無くなっていた戸田が廊下から怒鳴ってくるのに驚いて顔を向けた。
「……何のこと?」
クラス変え以降、もっと静かになると思いきや、わざわざ別のクラスから私に絡んでくる馬鹿も居て、こんな風に声をかけられることは珍しくは無いけれど、戸田の顔は一年の終業式以降久々に見るものだった
「待てよ、戸田……、おい、藤堂ちょっと出てこいよ、こんな手紙、おまえ何考えてるんだ?」
「坂本……」
戸田を追いかけてきたらしい坂本が、手紙をひらひらさせながら私を呼ぶのに、溜め息を付いて立ち上がる
「なに? クラスが離れたらこいつのこと恋しくなっちゃった? でも、戸田は結構モテるんだよね、おまえなんて相手にしねーよ」
廊下に出ると戸田を追いかけてきたらしい他の男子も数名居て、中でもそんな事を言ってくる南とさっき廊下から私を呼んだ坂本は、一年の時から戸田と一緒になって私に絡んで来る二人だ。
二年になってからも廊下ですれ違えば進路妨害をしてきたり、よほど暇なのかうちのクラスまで来ては私の筆記用具を持って行ったり、読んでいる本をからかったりってするからあまり関わり合いにはなりたくないんだけれど……。
「一体何のこと?」
妙に赤い顔で私を睨む戸田と、いつもは意地悪そうに私を見る瞳を少し訝しげにしている坂本。
南含む他の男子はニヤニヤとした締まりの無い顔をしているのに、意味が分からずそう言うと
「これ、だ」
そう言って、坂本が私の前に突きつけたのは、さっきひらひらさせて居た封筒から出した、花柄の便箋。
目の前に出されたから、反射的にざっと目を通してしまうと、『もう気持ちをおさえきれなくて手紙を書きました、私は戸田君が好きです……』何て可愛らしい丸文字で書いてあるのに驚く。
「何考えているの? こんな物は戸田が一人で読むべきもので晒し物にすべき物じゃ無いでしょう」
「へ~、おまえは戸田にそれを一人で読んで欲しかったわけね」
「は?」
「……本当に、おまえなのか?」
南のからかうような言葉に首をかしげると、戸田が珍しく瞳を揺らして私を見るから、まさかと思い手紙をもう一回最後まで読むと、その手紙の一番最後に『藤堂紗綾』とあるのに
「はぁぁぁ?」
「うるっせーよ、おまえ」
思い切り声を上げてしまったら、私の一番近くに居た坂本が耳を押さえて文句を言ってくるけどそんな事には構う気になれなかった。
「私なわけないじゃ……、あ、そだ」
ついさっきの授業は殆ど無言のまま板書をしていきそれを書き写させるという、悪名高い社会の鴻上先生の授業だった。
その、私の文字がびっしりと並んだノートを突然呼ばれたから手に持ったままなのを思い出して、適当なページを開いて目の前の彼らに突きつける。
「どう見ても、私の筆跡じゃ無いよね?」
そう言うとぐっと詰まる彼らの中、戸惑ったような顔で私を見ている戸田に視線を向ける
「大体、戸田、あんたは小学校の時散々私の字が女らしくないとか言ってなかった?」
「……あ」
私に言われて急に思い出したのかばつの悪そうな顔をする、嬉しくも無いけれど七年以上の付き合いがある腐れ縁の相手。
「筆跡変えたのかもしれねーじゃん」
「そーだ」
折角終わりそうだったのに、南と河野がそんな事を言い出すのに呆れた視線を向けてしまうのを止められない。
なんで、告白の手紙を筆跡変えて書くんだろう? 最後に私の名前まで書いてあるのに? けれど、そんな事言っても水掛け論になるだけだろう。
「そう思うなら、勝手にすれば? でもさ、私が戸田を好き? そう思うの? ねぇ……私そんな勘違い起こさせるような行動取った?」
こんな馬鹿げた騒動に巻き込まれたという苛立ちもあったけれど、それを信じるという彼らが不思議で、目の前に居るからついまじまじと見つめてそんな事を言ってしまうと、ぐっと押し黙る戸田。
その様子に、戸田の回りの暇人達は
「んだよ、つまんね~」
「違うのかよ……」
「じゃ、誰がこんな物」
「まぁ、だよな、こいつにそんな可愛げがあるわけねぇし」
こっちが聞きたいような疑問と、判ってて来るなと言いたくなるような言葉を言っているのに、ため息を付いて背を向け、自分の席へと戻ることにする。
一年の時にそんな噂を流しているのが居ると聞いたことはあったけれど、まさかあの戸田があんな手紙を真に受けて私の所まで来るなんて、本当に何を考えているんだろう。
それに、あの手紙、どう見ても女子が書いたと思われる私名義のラブレター、あんな物を信じる方もどうかしていると思うけれど、それを出すという心理も私には良く判らなかった。