柔らかな眠り
「ふぅ~……」
パタンと本を閉じて深く溜め息を付く。
今日は、私の大好きな小説の待ちに待った新刊の発売日だった。
漸くゲットして、お行儀は良くないけれど自分の部屋のベッドに寝そべって一気読みした。
今回は咲夜の親友がメイン。
主人公のことが好きなんだけど、咲夜との友情を考えるとどうしても伝えることができないで居る、いつも二人の側で静かに笑っている彼。
何も知らず、目の前で無邪気に振る舞う彼女が愛しいけど苦しくて、けれど笑って居て欲しいからと、自分の気持ちを押し殺して微笑んでいるのが切なくて。
読んでいると胸が痛くて、でもどこかその痛みは甘くて、だから読むことを止められない。
私の隣に置いた本をもう一度手にとって、表紙を眺める。
穏やかで優しい彼を好きだと言う人は多いのに、彼の瞳はただ一人だけを追うことを止められなくて、親友である咲夜に悪いと思いつつ胸の奥に宿る想いを殺せずに居る。
大切な家族よりも、大好きな友達よりも、特別なたった一人。
側に居るだけで、その人を想うだけで幸せで、その人がくれたものならその痛みさえ愛おしくて。
夏休みに莉緒に本を借りてから、読むようになった恋愛小説
彼氏どころか好きな人も居ない私には、苦しかったり辛かったりするのにそれでも好き、なんていう感情は判らないし、何よりも誰よりも特別なんてどんな気持ちになのか想像もつかない。
でも、私もいつかこんな風に誰かを好きになるのかな?
そんな事を想像するだけで、あまりの現実との距離に思わず笑ってしまった。
だって、恋って! あの男子達と!?
私に意地悪ばかりしてくる男子達、彼らもいつか誰かを好きになって、その子にだけは優しくしたいと思うんだろうか?
咲夜みたいに熱っぽい瞳でその相手を見つめて、親友の彼みたいに柔らかな口調で優しい言葉を掛けて?
黒板を消せば邪魔しに来て、本を読んでいれば取り上げて、廊下を急いで歩いていれば通せんぼしてくるような彼らは、咲夜達とは余りに違うから本当にそんな男の子が存在するのか疑ってしまう。
やっぱり、咲夜はお話の中にしか居ない人、なのかな?
まぁ、でもそれを言うなら私も小説の中の彼女達の様に女の子らしくも可憐でも無い。
私の友達の中で唯一彼氏が居るという莉緒は、とびきり可愛くておしゃれが大好きで、授業の前に教室でおしゃべりをしながら華奢な指先で、器用に私の髪を編んでくれたりするような子で、私とは全然タイプが違う、其れこそ同じ女子ってカテゴリーで良いのかなって思うくらい。
少なくとも私の周りの男子は凶暴、乱暴って私の事は女子と思って居るのかさえ怪しいし、私だって間違っても好きになるなんて思えない。
塾で会う鳴木は学校の男子とは少し違うけれど
「……ぷっ」
昨日は私の髪の毛を思考回路と直結して居るからそんなこんがらがって居るのか? なんて言うから、また塾の廊下を走り回る事になったのを思い出して思わず吹き出してしまった。
外見だけならそれこそ小説の主人公にでもなれそうな一条なんていうのもいるけど、こっちは私を見るたびに眉間にシワを寄せたキツイ顔で睨み付けて来る訳で
――ないないない。
今は春休みで、暦は春なのにまだまだ寒い。
でも部屋の中はぽかぽかと暖かく、ベッドは柔らかく私を支えてくれて、肌触りが気に入って選んだベットカバーがふわふわと頬に当たるのが気持ちが良くて、私はそのぬくもりに誘われるままに瞼が重くなっていき……いつしか私は柔らかな眠りに落ちていた。