……それは良いな
「なんかさ、ここがすっきりするとさ」
「他の場所が目立つねぇ? でも、そっちは流石に先生の許可も必要だし、イーゼルやキャンパスも移動させる大事になるよ、……今日は無理だ」
「だよね? じゃ、私はこれ捨ててくる」
「頼んだ、私は仕上げの拭き掃除かかるわ」
受験も終わり、卒業式まではまだ間があるそんな一日、優樹と自分たちが道具を置いていた棚の整理を始めた。
三年間のかなりの時間を過ごした場所だけあって、それなりに物が多かったけれど、思ったよりも処分する物が多くてきぱきと作業はすすみ、すっきりとしたその場所を改めて見回すと、胸に沸き起こったのは、綺麗になったという満足感よりもなまじその場所がすっきりしただけに目立ってしまっている、ほかの場所の雑然さだった。
でも、美術室というのは美術部だけでは無く美術の授業に使うための物が基本。
当然のことながら他の場所を触るなら先生の確認が必要だし、何より大判のキャンパスなども置いてある場所なだけに思いつきで始める事はちょっと難しい。
それでも、長い間お世話になった場所だし後で先生に相談をしてみようと話が決まったところで、今日の作業はひとまず終わりにして私はパンパンに詰まったゴミ袋2つ分を両手に持って焼却炉に向かった。
焼却炉に向かう人気のない校舎の裏を歩いて角を曲がろうとして人の声に気がつく
「悪いけど、無理だ、ごめん」
聞き覚えのある艶のある低音に立ち止まる……
すると女の子の泣きそうに震える
「……はい」
と答える声と、そのまま走り去る足音。
会話だけで何が起こっているかは想像がつき、まずいと思う。
瞬間、引き返そうと思ったところで、丁度角を曲がってきた一条と目があってしまった
「お……まえ」
「ごっ! ごめんっ、丁度引き返そうと思った所だったんだ、遅かったね、邪魔しちゃった……」
慌てて、ゴミ袋を地面に置き両手を合わせてつつそういうと
「たいした事じゃないし、別に構わない」
流石にこんなシチュエーションに慣れてるらしい一条は、最初の驚きからすぐに立ち直りこともなさげに言うけれど
「それはないよ、告白なんて本人にとったらすっごい勇気いるんだから……多分」
さらりとしすぎた様子にさっきの思い詰めた様子の女子の声音を思い出し……なんだか私の周囲の男友達は少し恋愛に冷たすぎやしないだろうか?
「したこともないくせに」
だけど、ふっと笑うように戻った言葉には返す言葉もなくて
「これ、焼却炉か?」
そのまま二個とも持って歩き始めるのに焦ってしまう。
「ええっ? 良いって」
慌てて袋に手を掛けようとするも、無視してそのまま焼却炉に歩いて行ってしまう
「せめて一個持つよ」
「大した量じゃ無い、気にするな」
肩越しに振り向いて……戻ってていいぞ? なんて付け加えるのに流石にそれは出来ないよって首を振りながら、私と変わらない身長だけど、長い事運動部に居るだけ有って均整の取れた体つきと、元々の育ち故か優雅な物腰が融合された姿に大きなかさばるゴミ袋がしみじみ似合わないと思ってしまう。
「しかし、違和感あるね、ゴミ袋、……ファンが見たらこんな事一条君にさせないで! なんて怒られそうだよ」
「お前までそんな風に俺を扱うな」
すると、いつもの眉間に皺を寄せた顔をしてみせた。
「そんな風にって?」
聞けば、どうやら掃除当番でも一条がゴミ箱をもって行こうとすると、女子が止めるらしく、そして流石にそれを見れば他の男子生徒が焼却炉に向かうそうで。
だから、近頃は最初から俺の班の男子は何も言わなくても率先してゴミ箱を持って行くと苦い顔をする。
「私と逆だね」
私は良く押し付けられたなと笑えば
「そうだったな、おまえは……」
少し目を細め、何処かが痛いような顔をするから困ってしまう。
「そっか、じゃ、私が余分に持たされた分、今一条が変わって貰ってるって思おうか」
だから、一条がゴミ箱を運ばなかったのは望んだ訳じゃ無いのは知った上で、敢えてそんな言葉を口にすれば
「……それは良いな」
一瞬マジマジと私を見つめた後、楽しげに笑って
「これからはそんな時は俺に持って来い」
そんな場面を見られたら、どんな事になるかとは思うけれど何故だか妙に嬉しげにゴミを掲げて見せるから
「じゃ、その時はお願い」
冗談半分に答えたら
……っ、普段はきつめの形の良い瞳に柔らかい光を浮かべて、ふわりと笑って見せる優しい顔に思わす顔が熱くなった気がした。
小説に出て来る様な整った風貌の一条だけど、 基本は大人っぽい落ち着いた表情か眉間に皺の困った様な怒った様な顔が殆ど、でも、最近こんな柔らかな雰囲気を見せてくれる事が多くなってきて。
……それは、悪い事では無いと思うけれど、こんな笑顔がスタンダードな一条は今よりも更に一緒に居れば厄介ごとは増えそうだなとこっそり思った。