うわぁ~、聞く気満々ですね?
HRが終わると、鳴木が教室に入ってきて、黒田にひと声をかけ肩を叩くと、そのまま私のところに来た
「おめでとう、ほっとした」
「ありがとう、でもほっとって……どれだけ信用無いの?」
「やらかすのがお前だろう? 他のことなら取り返しがつくけど受験はそうは行かないし」
そう笑顔を見せたけど、その後すっとそれを消すと
「お前坂本と和解したって?」
「……一条」
鳴木の耳にまで届いたかと一瞬顰めた眉に
「怒るなよ、あいつも心配してたんだって、そりゃそうだろ二年の時の状況見てるんだから、俺だって吃驚して」
「いや、怒るとかじゃないけど、心配かけたのは判るし……まぁ、驚くか」
今までの坂本との関係を思えば無理も無いかと二年の頃とは空気さえ違って見える教室を見回せば、がらんとしていて殆どの人はもう帰ってしまったんだと気づく。
だったら立ち話も何だなと、椅子に座って、鳴木にも座る? と声をかけると、前の席の椅子に腰掛けそのまま私の机に肘をついて顎を乗せてこちらを見る。
――うわぁ~、聞く気満々ですね?
「試験の最後の時間にね、坂本が消しゴム落として動揺しているように見えたの、それなら手を上げて試験官呼べばいいのに真っ白になってるみたいで、だから、私が手を上げて、でも、変な所に転がってたからそれ拾うよりは……って思って、私のを半分あげただけなんだよ」
「よくあいつ相手にそんな気になったな?」
「迷ったけどね、でも動揺して落ちればいいと迄は思えなかった、それにいくらわだかまりがあっても、あれを見逃したら、私がずっと引きずる気がしたの」
「まぁ、お前らしいといえばそうだよな、一条の時もそうだったし」
「どうかな? 一条はまた違う気もするけれど、あの頃の彼は私みたいな女の子に慣れてなくて苛々している感じっていうのかな? よく言ってたよね、って今もか……信じられん、とかさ、でも結局慣れてくれたのかな? 突っかかってくるのが無くなれば逃げ場を提供するくらいは抵抗なかったし……」
「ほぉ……で? 謝られたってのは?」
「うっ」
「なんだ、その答えは」
「聞いてきたんじゃ無いの?」
「すぐHRだったしな、坂本と接触したらしいぞ、謝られたから大丈夫とか言いやがってあの馬鹿……だとよ」
「二人にはさんざん危ないことするなって怒られたんだけどね……」
そう言って先日の話を繰り返すと、鳴木はため息を付いて
「二人が怒る気持ちは判るし、俺も賛成だけどいい加減説教は満腹だろうから重ねては言わない」
と言ってくれるのに肩の力が抜けた
「坂本とは、高校まで遺恨を引きずらなかったのは良かったと思うし、今は同じ高校でも受かって良かったとは思える、でも、まだやられたことは理解出来ないし、無かったことには出来ないよ」
「いいんじゃないか? それで、坂本だって許してくれなくていいって言ってんだし、判ってるってことだろ? それに、お前はもっと怒っていいんだ……俺だってもっとあの時に何とか出来れば」
後悔を滲ませた鳴木の返答にそんな事を思っていたのかと吃驚して声を上げてしまう
「何言ってるんだよ? 私鳴木にはすっごく感謝しているよ? 塾では学校の話題を出さないでいてくれたし、夏休みには忠告もしてくれた、スキーのコース誘ってくれたこともあったし……それに塾で鳴木と言い合いして追いかけっこしている時は嫌な事全部忘れられた、勉強もいっぱい教えてもらって、黒田の時も助けてもらって、手紙の時の事だって!」
咄嗟に羅列してみて我ながら驚く
「考えてみたらこんなにある? 私何も返せてないね……」
「馬鹿な事言うなよ、俺も楽しかったよ、お前と居ると」
すると、今まで見たこともないほど優しい顔でそんな事を言ってくれる。
一二年の頃は自分より子供っぽく感じていた鳴木や一条なのに、最近は急に大人びてきたって感じる。
男の子は子供の時期は女の子より長いけれど、成長を始めるとその速度は早いのかも? なんて、自分を振り返れば焦ってしまうものも有るけど
「今度こそ、始められるかな……」
同時に、そんなワクワクする気持ちも湧いて来る。
「え?」
「私ね、小学校の頃から親戚以外の男の子は殆ど敵だったんだよね、多分そんなんじゃない男の子も居たのかもだけど、戸田とその周りをかいくぐって友だちになろうなんて子は居なかったし、私も考えても見なかった……中学生になってからは、尚の事ね? 今なら判るんだ、私の対処もまずかったし、あと必死過ぎて敵味方もよく判らなくて……でも、今度は信頼できる人も居るって、そう思って高校に行ける、不安も無くは無いけど、今度こそ新しい関係が築けるかなって」
期待を裏切られた中学校からの新生活、だけど高校からは本当に期待を出来るのかもしれない?
今度こそまっさらな気持ちで……ううん、大切な友達も一緒に新しい生活が始まる。
楽しみだねって顔を上げたら
「……そうだな」
頷いてはいるけれど、私を見つめ返したのは少し憂鬱気な鳴木で、おや? って思った。
「不安?」
「……いや、ただこのままじゃ居られねーんだよなってさ」
続くらしくない弱音めいた言葉。
ふむ、確かに私にとって中学校はあまり未練のない場所だけど、鳴木にしてみればそんな事はないのかも知れない。
部活の立ち位置も教師や友人の評判も申し分の無い彼だけに無理もないとも気がついて。
「大丈夫だよ! 鳴木なら、あ! それに、私も居るよ? 一杯助けてもらったから今度は私の番」
「おまえな……俺に何か起こるの確定か?」
「え? や、そゆ意味じゃ無いけど」
弱って見えた瞳に、あわわってなるけど咄嗟にどう答えたらいいのか分からなくて
「えと、そばに居るからって! そゆこと」
「……っ」
鳴木なら必要ないとも思うけれど、それでもいま迄鳴木が居てくれて救われた様に、私も何か返せるかも知れないって思ったんだけど。
鳴木は私の言葉に何故か絶句すると、肘をついて居た方の手で軽く顔を覆いながら目をそらして
「ったく……天然」
ぼそりとそんな事をつぶやいた。