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紗綾 ~君と歩く季節~   作者: 萌葱
三年生 三学期~
105/117

義を見てせざるは勇なきなり?

 入試の最後の試験は国語だった。

 今までの英語と数学はなんとか乗り越えたと思う。

 国語は一番得意だけど、私は気を抜いた時が危ないと皆から散々言われているので、全て解き終えても念のため二度ほど見直しをして、ふうと息をつく。

 けれど、それだけやっても時間はまだ余っていて……すると斜め前の席の大柄な男子が消しゴムを落としたのが見えた。

 授業中ならすぐに拾うことも出来るだろうけれど、入試中は妙な動きをするとカンニングなどと言われかねないので、勝手に探すことも拾うことも出来ない。

 そんな時のために何かあれば手を上げて試験官を呼ぶように言われてはいたが、動揺してしまっている様子でそこに頭が至らないように見えた。

 坂本、やばくないかな……あれ。

 消しゴムを落としたのは、一年の頃毎日絡まれて、二年の頃もさんざん教室まで嫌味を言いに遠征に来ていた坂本だった。

 鳴木の忠告もあって二年の途中からだいぶ落ち着いては来ていて、最近では殆ど関わりはなかったものの、そう言えば去年の今頃大嫌いだと宣言までされたりとわだかまりがない相手ではない。

 けれど、私たちにとって受験というのは今一番大切なもので、ずっとこれを目標に頑張ってきた。

 消しゴムひとつで調子を崩すと言うのを見過ごすのは流石に……。


 落ち着かなげに鉛筆の後ろの小さな消しゴムなどみているのを見かね、一つため息を着いて手を挙げると、すっと試験官が近づいてどうしましたかと聞いてくるのに

「前の生徒が消しゴムを落としたみたいなのですが……」

 というと、何処ですか? と言われて目で追った先を伝えると、丁度試験に集中している生徒の足元で其れを崩すのもと、試験官が眉を顰めるのが判った。

 なので、手元にあった自分の消しゴムをケースから出してぱきっと割って、渡してあげてくださいと伝えると驚いた顔でこちらを見る。

「同じ学校なもので……」

 だからというわけでもないし、坂本だったら他校の生徒のほうがまだ、素直に助けたいと想うよな? などと思いつつも出した言葉に、試験官には納得のしやすい理由だったのだろう

「判りました」

 と、坂本のもとへ行って消しゴムを渡すのが見え、小さな声で何か言われ、驚いた様に一瞬こちらを振り向き目が合う。

 あー、余計なことを言わないで良いのに……そう思っていると、慌てて向き直って試験官にお礼を言い、試験用紙に集中しはじめた姿を見て肩の力を抜いた。


 試験の終了を告げるチャイムがなり、解答用紙が回収された。

 さて、帰るかと身の回りの荷物をしまっていると、すっと私の前に立つ人の気配、顔を上げると

「坂本」

「おまえ……どうして?」

 目の前に差し出す掌を見ると、その上には半分の消しゴム

「落としたの見えたし、手を上げるのも忘れてるみたいだったし?」

 答えると、そうじゃなくて……ともどかしげに返してくるのに、まぁ、そうだろうな、とは思う

「義を見てせざるは勇なきなり? なんかちょっと違う気もするけど、ま、そんな所」

「おい、行くぞ?」

 背中から同じ教室で試験を受けていた黒田に声をかけられて、私の言葉に軽く目を見開くも、特に言葉をかけるでも無く私を見つめる坂本に、もう良いかなと

「坂本の消しゴムは、そこに転がっているよ?  じゃ、私行くから」

 机の前に立つ坂本を置いて、急いで荷物を詰め込み席を立った。


「あれ、坂本じゃねーの? 最近絡まれないとか言ってたのに、なんでこんな所でおまえに話しかけてんだ? また難癖付けてきたんじゃねーだろうな」

 黒田のもとに行くと、心配そうに聞かれてて少し慌てる

「ないない、さすがの坂本もこんな所で問題起こさないよ、消しゴムを渡しただけ」

「消しゴム?」

 訝しげな黒田に先ほどの話をすると

「はぁぁぁぁ? おまえ……何考えてんだよ、マジありえねー」

 なにやら内臓まで出て行きそうなため息を付きながら、心底呆れたという瞳を向けられてしまった。


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