なんで、私はこうタイミングが悪いんだ
すっごい雨……。
ざぁざぁと音を立てて降る窓の外の雨の音にうんざりしつつ、図書室に向かい階段を降りていく。
「あ~、髪がまた膨らむよ……」
三つ編みにした毛先がもう既にに広がっているのを指先で確認しつつ3階から2階へと切り替わる曲がり角を曲がると、その下の踊り場にこちらに背を向けて必死に何かを話しかけている女の子と、それを困ったように見下ろす見覚えのあるあの大柄の男子生徒は……。
「森本さんとは付き合ってないのよね? なら、付き合って欲しいの……私を嫌い?」
聞こえた言葉に一瞬立ち止まってしまい、気配に気がついた彼と目があって慌てて曲がってきた角を戻る。
なんで、私はこうタイミングが悪いんだ。
鳴木に続いて、黒田のそんな現場に立ち会ってしまった自分の間の悪さを嘆きつつ階段を上る。
あの階段は図書室への近道ではあったけれど。他の道を使っていけないわけではない
三階の廊下に戻り中央の階段を降りて図書室に向かうことを決め、登り終えた階段から三階の廊下に入り……すると、バタバタバタッと賑やかな足音が聞こえてくる
「……先生に捕まらないといいけど」
廊下や階段の各所に走るのは禁止だと書いてあるけれど、それだけ貼られるって事は、それだけつい走ってしまう人間が多いという訳で、すると運が悪く教師とエンカウントした生徒はもれなくお説教で足止めをされる。
あ、でもこっちの方に用事があるなら今のところ先生は居ないし大丈夫かな? 校内のルールには違反するけれど人気の無い廊下だし、人にぶつかりさえしなければ文句を言う気にはなれず、どこか必死に聞こえる足音が近づいてくるのに頑張れ、なんて気持ちにもなって邪魔にならないよう少し端に避けた瞬間、その音は私の背後で止まり同時にグイッと肩を捕まれた。
「え?」
吃驚して振り向くと必死な顔をして、そこには荒く息をつく黒田。
「何してるのこんな所で、さっきの子は!?」
私があの光景を見てからまだ五分も経ってない、まさかあの展開の中女の子を置いてきた?
いやいや、それはあり得ないでしょう
「何が……っだ、話は……終わっ……た、おかしな勘違い……っ! してねーだろうな?」
けれど、黒田は妙に怖い顔で私を睨みながら、未だ整わない呼吸の合間にそんな事を言ってくる
「邪魔してごめん、どうも私はタイミングが悪い」
「だからっ! おかしな事考えんじゃねーって、邪魔とかねーし、断ったし、つか何なんだよさんざっぱら怖がっといて今更……」
「黒田の良さが分かる子が増えたのは私は嬉しいけどね? 勇気出した女の子に拍手だよ」
そう胸元で小さくパチパチと手を合わせると、奥歯をぎりっと音が鳴りそうなほど噛み締めて、キツい瞳で私をギロリと睨んだ。
「え?」
今まで散々黒田が怖がられていた時はなんとも思わなかったけれど、流石に何故か今回は本気の怒りを感じて……。
「悪い……」
私が、驚いているのが通じたのか、ふと瞳から力を抜いて私から目を背けた。
「あいつら、勝手すぎる、怖がっておきながら優しい人だって判ったとか言って、今度はだったら付き合ってって、一条や鳴木の苦労も判る気もするぜ……」
そう言って唇を噛む黒田に成る程とも思う
「あいつら……って事は、今日だけじゃないのか、嫌われるよりは好かれる方がいいと思ってきたけど、そうとも言えないのかねぇ」
私が知らなかっただけで、彼も一条や鳴木の気持ちが分かるほどには想われていた様子に先日呼び出された鳴木を好きな女の子の企みを思い出す。
毎回あれほどのセッティングをしないまでも一人一人にとっては一世一代の想いを伝える場……そのエネルギーを受け止めるのはやっぱり大変だろうなと
「おぃ! それはっ! ……でも、アイツらほどじゃねーし! 付き合う気もねーしっ」
折角、それを慮ったというのに、何故か慌てたように別にもててねーし? なんて聞いても居ない事を言い募っている。
全く、黒田じゃ有るまいし別にからかったりしないのに、そんな事を心配するのは今まで自分がやって来たせいで、自業自得じゃないかとは思いつつ、その必死さに
「判ったよ、だから落ち着こう?」
そう肩を叩いたのだけれど。
「判ってねぇ……」
何故か黒田はそんな私の心遣いはまるで響かなかったようにその場にしゃがみ込み、苛立たしげにいつもはしっかりと整えられた髪をかき混ぜながら、疲れたように深い溜め息を付いたのだった。