そうそう、確かこんなセリフ……って? え?
「これだけはっきり聞けば、流石に鳴木君も目が覚めたでしょう?」
沢木さんの言葉に、もう一人のサッカー部マネージャーが鳴木の腕を取って屋上の物置の陰から出てくるのを見て、本気で同情をした。
想い人が自分を何とも思っていない事を陰で聞かせて、その心を変えさせる。
私がよく読んでいる小説でもありがちなシチュエーション。
まさかリアルでやる人が居るとは思わなかったけど……そう言えば古典で習った文に香りや花を添えるなんて事をやった人もここには居たんだった。
鳴木は呆然と私を見ているけれど、噂を鵜呑みにして彼の心を誤解した結果ではある物の、真実であれば残酷な彼を追い詰めるような行為をしているのが、よりにもよって自分好きだと言う女の子である事を考えれば無理も無いよなって思う。
……さて、こんな時、今まで読んできた小説の彼女たちならどうしただろう?
立ち聞きされる立場もさせられる立場も考えない自分本位の卑怯さを怒るのならば定番。
本当は私が鳴木を好きで、強がりで気持ちを偽りそれを聞かれてしまったとかならショックのあまり立ち去るとかだろうけれど、生憎そんなドラマチックな背景はない。
そう言えば相手の想いを聞かされて、逆に募る思いを弾けさせたなんてパターンもあった
「こいつが俺をどう想っているかなんて、俺には関係ない、……俺が側に居たいから、居るだけだ」
そうそう、確かこんなセリフ……って? え?
前に小説で読んだようなセリフがそのまま聞こえて、空耳かとも思ったけれど、それは紛れもない鳴木の声で、彼の視線も私を真っ直ぐ見つめていて、……そんな強い瞳で私を見る鳴木に気がつかされた
「そうだよね、私達の関係って別に誰かに許可がいるものじゃないよね?」
身近な人に恋人が出来ればその人との距離が出来るかもしれない。
新年会のお兄ちゃんの話、あれは日程の関係だったけれど、男の子の友達に彼女が出来れば、自分以外の女友達を嫌がるケースも出てくるだろう。
だけど沢木さんは鳴木の彼女ではないらしいし、ならば一緒に居るかどうかを選ぶのは鳴木で有り私で良いはず。
小説と同じ言葉だったから、最初は少し驚いたけれど、あのセリフは友達同士だって同じ事だ。
だから私もきっぱりと答えれば、鳴木は一瞬目を丸くして……あれ、間違った? って一瞬不安になったけれど
「だよな?」
そのまますっと取られていた腕を引き抜くと、こちらに来て私の肩を軽く叩きながら
「何を聞いても、言われても沢木と付き合う気は俺には無い、もう二度とこんな事でこいつを巻き込むな……行くぞ?」
きっぱりと告げると、もう彼女たちを振り向きもせず屋上を去ろうと歩き出した。
そんな鳴木の後を追いながら、少し気になって彼女たちに視線を送れば
「……どうして?」
信じられないと首を振る様子に少しだけ胸は痛んだけれど、流石に鳴木を止めてフォローをなんて気にはなれなかった。
「悪かったな」
さっさと屋上からの扉を開けて先に階段を降りていく鳴木はいつもの彼に見えたのに、踊り場のところで足を止めそう呟いた声は小さく、こちらを振り向いて私を見つめる瞳にはさっきの強い光は消えていて
「気にしないでよ、妙な噂が立ちやすいのは私のせいなんだろうし、私も散々今まで巻き込んできたよ」
様々な想いを孕んで揺れる瞳に驚いて、とんとんとん……と階段を降りて彼の居る段に追いつくも目を伏せてぎゅっと拳を握りしめる鳴木。
そっか……鳴木にとっての彼女たちとの付き合いは私とは違う、でもこんな事をしてしまえば今まで通り付き合うなんて事はきっと難しい。
辛そうな鳴木になんて言ったら良いか判らなくて、黙って隣に居るしか出来ないで居ると。
「ったく、何考えてんだか……お前が俺をどう想ってるかなんて知ってるってのにわざわざおまえ巻き込んでまですることかよ」
暫くして、話しかけて来たその口調は軽いけれど瞳にはまだ影があって
「ん~、まさかあんな事まで聞かれるとは思わなかったから吃驚はしたよ、……でも、聞かれないと気づけない事もあるって実はちょっと思った」
それでも、口を開いてくれた事にほっとしたら思わず言わなくても良い事を言ってしまった。
「は?」
「沢木さんは綺麗な人だし、それにあんなに鳴木が大好きで、きっと付き合う事になれば大切にしてくれると思う……けれど、きっと私と友達で居る事は認めてくれないと思ったから、付き合う気は無いって聞いて少しだけほっとしたんだ」
答えを聞いて、まだ大丈夫なんだって思った時は少し嬉しくて、でも……それこそ彼女でも無いのに勝手すぎるよね。
だから、鳴木に彼女が出来るまでに心の準備はしておくよと付け加えれば
「おまえ、俺と離れたくないなんて思ってたのか?」
驚いたように鳴木が聞いてきたのはそんな事。
「そりゃね? 三年間鳴木とは何だかんだで一緒に居た時間は長かったと思うし、高校も一緒に行く気だもん、離れちゃったら寂しいって思う……ん?」
すると急に私の肩に手を置いて、下から私の顔を覗き込こんできた
「本気で?」
「……嘘ついてどうするの? こんなことで……って! そうだよ鳴木は推薦だから試験、もう明後日じゃ無いの?」
「ま、そうだな」
「……鳴木だから大丈夫だと思うけれど、こんな事で調子崩さないでね?」
こんな言葉しか掛けられないのをもどかしく思いながら私を見つめる鳴木にそう言うと
「大丈夫だ、一緒に桜花行くんだろ? お前こそミスるなよ」
さっきまでの揺らぎも影も消して、きっぱりと答えてくるのに漸くいつもの彼が戻ってきた気がした。




