第8話
勝手な独白を2人は黙って聞いていた。
しばらく沈黙が流れた後、宰相殿が深いため息を着いた。
「はぁ~・・・・・。・・・・確かに、貴方の様な自分勝手な意思をお持ちの方が王妃など甚だおかしいですね」
その言葉に身体がびくりと固まる。
分かっていた事だけれど、人から言われると余計に心に刺さる。
「さ、宰相様!」
宰相殿の言葉を止めようとコーラル様が宰相殿に振りかえると、宰相殿はそれを手で止めた。
「コーラル様。貴方様はお優しすぎます。元々王妃になるはずだった貴方だって、この方が現われた為に側室などという不本意な場所に収まった。違いますか?」
「そ、そんな事・・・・!!」
そういうと、コーラル様は俯いた。やはり、コーラル様も私が王妃になったことで犠牲になった一人なのだ。
「・・・いいんです。コーラル様。宰相様の言うとおりです。私だってわかっていますから。そんな事よりも、コーラル様のお立場も考えずこの様なお願いをして申し訳ありませんでした。・・・・どうぞ、今話した事はお忘れ下さい」
随分と自分勝手な事を言っていたと反省する。
コーラル様にとっては私は王妃の座を奪った最低な人間だ。何が悪役など出来ないだ?しっかりと悪役をしているじゃないか。
その事実に思わず苦笑してしまう。
「・・・・そうですね。貴方がいなければ、コーラル様と王子は幸せに暮らしたでしょうね。そもそも、公爵家に引き取ってもらおうなどとは身分不相応だと思いませんでしたか?」
更に言い募る宰相に思わず頭が垂れる。
「・・・・もちろん、思っておりました。だから、引き取ってもらってからは下女でも侍女でもなんでもやろうと思ってました・・・・」
力なく放ったその言葉に、コーラル様は驚いて手で口を押さえた。
「そ、その様な事キャロル様にさせる事なんて、出来ませんわ!!」
そう言ってくれるコーラル様に思わずにっこりとほほ笑んだ。
「・・・いいえ。私の身分では公爵家で雇ってもらう事さえ難しいのです。ですから、なんだってやるつもりでした。ですが、それはもう忘れてください。宰相殿・・・・いえ、宰相様の言うとおり身分不相応なお願いをしてしまいました。申し訳ありません」
頭を下げる私にコーラル様は慌てて私を止めた。
「や!やめて下さい!キャロル様!!王妃ともあろう貴方が側室に頭を下げるなどあってはなりませんわ!」
その言葉に私は無言で首を横に振った。
「・・・・いいえ、私は王妃に相応しくない。・・・・・そうですよね?宰相様?」
ちらりと見上げれば宰相が少し驚いたように私を見た。
しかし、何が言いたいのかわかってくれたのか、宰相はこほんと咳払いをするとコーラル様の方を向いて口を開いた。
「・・・・コーラル様、この事は内密にはできません。王妃様が王妃をやめたいと申し出た事、議会にすぐに報告致します。その間は王妃様・・・・キャロル様は王妃と言う名を返上して頂きます。陛下の妻の立場をおやめになりたいと申し出た以上、我々議会の預かりの身としてお部屋をご用意し、そこに滞在して頂きます。・・・前例はありませんが、貴方を王妃として認めないものも議会内にも多いので、すぐにでも結論が出るでしょう。もちろん、このお話をコーラル様、貴方は知らない。いいですね?」
存外に、コーラル様には何も知らなかった事にして、次の王妃となってもらうと言う事をほのめかしていた。
その言葉を聞いた瞬間、コーラル様の瞳から溢れるものがあった。
「・・・い、いやです。キャロル様がここからいなくなるなど、私には考えられません!!」
そういうと、今までにない様な幼い仕草でコーラル様は私にしがみ付いてきた。
「わ、私・・・最初こそ、キャロル様をう、恨みました。・・・貴方がいなければ、私が陛下の傍にいられたのにと・・・!!で、でも、陛下が私の元へ通う様になられても、貴方は変わりなく王妃としてしっかり陛下を支えられていた。普通ならば、陛下の寵愛を取り戻したいと思うはずなのに、彼の想いを尊重されていた。それに気付いた時、私は自分を恥じました。彼の愛を求めていた私はこの国の事など何も考えていなかったのです。こんな私を陛下が選ばなかったのは当然だったのです」
コーラル様はキラキラと溢れる涙を流しながらそう告白した。
私は王子の想いを尊重したわけではない。ただ・・・・諦めたのだ。
やはりこれは夢だったのだと。
王子が私に見向きもしなくなってしまったら、私は何のためにここにいるのかわからない。だから、王妃の仕事をした。私がまだここにいるのは仕事があるからと・・・。ただ、それだけだ。
「・・・・コーラル様。それは違います。私は王子を支えてなどいませんでした。自分を守る事に必死だったのです。それに、コーラル様が国の事を考えていないなどそれは嘘です。何度も私に『側室講義』をして下さったではありませんか?・・・・この国の事を考えて、貴方はお茶ひとつから色々な国の事を学ばれた。私は、お茶はただおいしくいただければいいと思っていました。お茶がどこの国で栽培され、その国がどんな産業が有名でそして、どういう経緯で私たちの手元にくるのかなんて、気にしたこともありませんでしたよ?」
そう言って、私は私に縋り付くコーラル様の身体を起こし、手を握った。
・・・失礼かな?と思いながら、今はまだ王妃と言う立場を利用した。
「・・・涙を拭いて下さい。私は、王妃になりたかったわけではないのです。だから、これは私の望む道なのです。私は・・・・・幸せになりたかった。・・・・そう、ただそれだけなのです。・・・・コーラル様?私の事を思って下さるのであれば、どうか、応援して頂けませんか?」
にっこりと笑えば、コーラル様は困った顔をされた。
「・・・・キャロル様。あなたは今、幸せではないのですか・・・・・?」
彼女の問いに私は静かに頷いた。
それを見たコーラル様は、悲しい顔をされた後、何かを振り切る様に私の顔を見つめた。
「・・・・わかりました。キャロル様が幸せになる為ならば、私はもう何も言いません。・・・・ですが、先程の件は私が責任をもって引き受けます」
彼女のその言葉に今度は私が驚く番だった。
「さ、先程の事といわれると・・・・・!?」
「はい。我が公爵家の養女となり、私の義姉となって下さいませ」
先程まで涙にぬれていたコーラル様とは別人の様に、有無を言わせない雰囲気を纏って私にそう言った。
「し、しかし・・・公爵様が何と言うか・・・・」
「お父様には何も言わせません。いいえ、むしろ諸手を挙げて賛成致しますわ。キャロル様が王妃を辞退し我が公爵家へとおいで下さるのであれば」
コーラル様の言葉に思わず返す言葉もなく唖然としていたら、すっかり存在を忘れていた宰相殿が口を開いた。