第2話
王妃様と呼ばれて約1年。
王妃様王妃様と皆は呼ぶけれど、私の名前を覚えてくれている人はいるのだろうか?
「ねぇ、ちょっと・・・・・」
「はい、なんでございましょう、王妃様」
ふと、私の名前を知っているか?と聞いてみようとしたけれど、当然のように王妃様と呼ばれなんだか馬鹿らしくなった。
「いいえ、なんでもないわ」
この人達にとっては、王妃であれば誰でもいいのだろう。
そう、王妃としてこの国を想い、仕事さえすればそれで文句はないのだろうから。
以前は私の名前を呼んでくれていた王子でさえ、今は名前すら呼ばない。いや、正確には会うことがないのでその機会がないのだ。
「王妃様。コーラル姫よりお茶会のお誘いがありましたが、いかがなさいましょう?」
おっと、忘れていた。今でも私の名前を呼んでくれる人が一人いたではないか。
「そう、本日なら午後から時間がとれるからそのように伝えて頂戴。コーラル様の部屋までお伺いする旨も一緒にお願いね」
皮肉な事に私の名前を呼んでくれるのは側室の姫君である。
彼女からはこうしてたまにお茶会の誘いがある。これは決して皆さんが考えている様な黒い茶会ではない。なぜなら、王子の寵愛は側室の姫に向かっているし、私とて、もう王子には愛想をつかしているので王子の寵愛を取り戻そうなどとはこれっぽっちも思っていない。
だが、うまくやるためには近づきすぎず遠すぎず、側室とも距離を保たなければならない。これも一応、王妃としての勤めである。まったくもって、面倒だ。
それに、彼女との話はお互い気を遣って話すためか、話が弾んだことがない。
それでも、定期的にこうやってお互いが誘いあっているのは後宮がうまく保たれているというアピールだ。
「・・・午後から茶会っと。さて、それまでにやっておく書類をまとめておきましょう。あぁ、嫌だ。なんで私がこんなことまでしなくちゃいけないの?国のため?なにそれ、おいしいの?それって私を幸せにしてくれるの?」
書類に向かって一人ぶつぶつとつぶやいてしまうのも、ここ最近の日常だ。
ひとりの時に位、愚痴を行っていないとどこで吐き出せばいいのかわからない。
侍女頭曰く、王妃は決して辛いと顔に出してはいけない。ましてや、愚痴などもってのほか!!だそうだ。
いや、無理ですから~!!そんな人間いませんから~!!
というか、そんな人いたら今すぐその仕事やめて王妃をしなさい。
喜んで変わって差し上げますよ。
さてさて、そんなことを言っていても仕事が終わる訳ではなく、投げ出したい衝動を愚痴に変えながらなんとか、午後までに済ませる書類を終わらせた。
そして、昼食を軽目に取ると、お茶の時間までの間に謁見をしなければいけない人たちをまとめて片付ける事にする。
これが、また顔の筋肉がかちこちに固まるから嫌なのだ。
にこにこにこにこ。何を言われても微笑みを絶やしてはいけない。これも、侍女頭曰くだ。
いや、ちょっとまて。真剣な話をしているときににこにこしていていいものなのか!?と思って侍女頭に訪ねた事があった。
すると返ってきた答えは
「皆様、王妃様に癒しを求めにこられているのです。内容などはそれ専用の方々が処理なさるでしょう。王妃として、家臣の疲れを癒すのもまた役目にございます」
おぉい!!ちょっとまて!内容は専用の人がやるって!?ならなぜ私のところにくるの!?
癒やしってそんなもん私に求めるな!!自分の奥さん、恋人、その他もろもろに求めておけ!!
その時はそう思いましたとも。しかし、王妃はそのような事を口にしてはいけません。
とにかく、にこにこにこにこ・・・・・・。
・・・・もう、王妃人形おいておけば?と、何度思った事やら。
そんなこんなで、内容は右から左に流しながら、相槌をうち、笑顔を絶やさず、人も流れ作業のように入れ替わる謁見をこなします。
え?夢が壊れていく?
いいじゃないですか。私は当の昔にボロボロの粉々に砕け散りましたから。
「王妃様!」
呼ばれてハッと気づけばどうやら謁見の時間は終わった様だ。
今日はうっかり考え事をしていたので、全く聞いていなかったのだが誰一人としておかしいと思ったものはいなかったのだろうか?
そんな思いをぬぐい去る様に、侍女頭が声をかけてきた。
「本日もご苦労様でした。今からコーラル姫様とお茶会と伺いましたが、お部屋に一度戻られますか?」
・・・どうやら、何も問題はなかったらしい。
本当にこんなことで謁見している意味はあるのだろうか?
そんな疑問を口に出してしまえば、侍女頭からカミナリを落とされるのは目に見えていたので口をつぐむ。
何?侍女頭よりも私の方が身分は上だと?
当然です。しかし、今までしがない田舎娘が急に王妃になったからといって、偉そうに何か言えると思っておいでですか?私はそこまで馬鹿ではありません。
分からない事をフォローしてもらっている身でそんな事をしてごらんなさい。
あっという間に孤立、孤島のごとく私は一人になってしまいます。
よくある、侍女と仲がいい♪なんて、あるわけありません。
侍女は侍女で身分をわきまえて必要以上に会話などしません。友達の様に仲良し?なにそれ。どこのおとぎ話?ですよ。
所詮おとぎ話なんですよ!
「・・・・王妃様、もうその笑顔は必要ありませんよ。普通になさってください」
あぁ、まだ笑顔を張り付けたままだったようだ。
とはいえ、愚痴を言うな、辛い顔を見せるなと言う割に、笑顔も張り付けるなとは一体私にどうしろと言うんだ。
「そうですか?私はこれが普通ですよ」
にっっっこり笑ってそう言ってやりました。
侍女頭の眉間に皺が寄ったのを見逃しません。
・・・・先程、無駄に敵を作らないと言ったばかりなのに、これではいけなかった。
「・・・侍女頭を見習って私も努力しようと思って。やはりまだ笑顔が変かしら?」
その言葉に侍女頭の眉間の皺が解かれたものの、やはり上手くごまかせなかったようだ。
「・・・私などを見習わなくても王妃様はご立派に王妃としての役目を果たしておられます。ただ・・・・もう少し表情を豊かにしていただかないと、同じ笑顔では面を張り付けたように思えます」
・・・立派と言う割には、ひどい言いようではないだろうか?
ともかく、これ以上侍女頭と話していても、自分のダメージにしかならないので、適当に相槌をうち、私はさっさと着替えてコーラル様の元へと向かった。