コーラル編
あれはいつだっただろう?
「お前は次期国王の妻となるのだから、その様な振る舞いではだめだ。しっかりと勉強をしなさい。他の娘達とは違うのだから!!」
父のその言葉は物心ついたときから聞かされていた。
「・・・はい、お父様」
同じ年頃の娘と遊ぶこともなく、外に必要以上出ることも許されなかった。
だが、私はそれを苦痛に感じたことなどなかった。だって、それが生まれた時からの普通だったから。
だけど、そんなある日、お父様とともに城へ上がることとなった。
「よいか?私が仕事を済ませている間、大人しく待っていなさい。誰と会っても恥ずかしくないようお前を育てた。決して私の期待を裏切るような事はするでないぞ」
「はい、お父様」
父は私の返事に満足すると、その場を後にした。
そして、私は父に待っているようにと言われた部屋へと向かった。
その部屋に辿り着くまでに、何人もの人に出会ったがそのたびに淑女としての対応を心がけた。
やっとの思いで部屋にたどり着き、その重い扉を開けた先でもまだ人影があった事に私は溜息をついた。
それでも、ここにいるということはやはりそれなりの身分の方なのだろう。
誰かはわからなかったが、テラスにしゃがみ込むその人物に声をかけた。
「お初にお目にかかります。私、ハンズ公爵家のハンズ・コーラルと申します。以後、お見知り・・・・」
「挨拶はいいから、こちらにきてみろ」
散々家庭教師から最初が肝心だと言われ、練習させられた淑女の礼をあっさりと途中で遮られた。
「・・・・あ、あの?」
声の高さからして大体同じくらいの年齢ではないかと推測したその声の人物から再び声がかかった。
「見ろ!ほら」
その声に、ふと顔を上げて見れば、手が差し出された。
「っ!!!きゃぁぁぁぁ!!!」
その手に乗ったものを見て思わず悲鳴を上げた。
「うぉ!!大声出すな!!あぁ!!逃げてしまったじゃないか!」
「も、も、もうしわけ・・・・・」
「せっかく捕まえて宰相の机の中に入れておいてやろうと思ったのに・・・」
声の主はがっかりしたように溜息を着くが、それを急に見せられた私は驚きのあまり目に涙が溜まっていた。
「・・・・お、おい、これくらいで泣くなよ。たかが蛙ではないか」
何も言わない私を変に思ったのか、声の主が振り向き私の顔を見ると焦る様にそう言った。
「も、もうしわけありません・・・・。で、ですが・・・・」
何とか落ち着きを取り戻そうと努力するが、未だ声が震えるのはしょうがないと思う。
「蛙を初めて見たと言う訳でもないだろう?そんなに驚く事ないじゃないか・・・」
そう言いながら、声の主は私が落ち着くまで優しく背中をさすってくれた。
しかし、蛙の存在は知っていたが、それを見たのは初めてで、本で知っていた蛙自体、あまり好ましいものではなかったのに、突然それが目の前に現れたら誰だって驚くだろう。
そして、思っていた以上に気持ち悪い生き物に涙が止まらなかった。
「・・・・・申し訳ありませんでした」
やっと落ち着いた状態になり握りしめていたハンカチをそっと外すと、今まで背をさすってくれていた人物に頭を下げた。
「大丈夫か?・・・・あんなに驚くとは思わなくてな。悪かった」
先程まで散々ぶつぶつと言っていたのに、バツが悪そうに素直に謝るその方に、私は可笑しくなりくすくすと笑った。
「いいえ。私こそ、あのように悲鳴を上げてしまい、申し訳ありませんでした。淑女としてあるまじき行為でした」
私の笑い声とその言葉に安心したのか、先程の声色よりもすこし明るくなった声でその方は答えた。
「あぁ・・・。あの、悲鳴にはさすがに驚いた。まさか悲鳴を上げられるとは思ってなかったからな」
そう言って、お互い笑い合った。
「・・・お前、名は?」
ふと、目の前の男が笑いを止めてそう訪ねてきた。
この時やっと、私は彼の顔を見た。整った顔立ちに意志の強そうなブルーの瞳に思わずドキリとした。
「・・・・私は、ハンズ公爵家のハンズ・コーラルと申します。あ、あの、貴方様は?」
「ハンズ公爵家の令嬢か。・・・・・俺はルイ・アルベール・バラティエだ」
その名前に私は慌てて頭を下げた。
「!?王子殿下とは露知らず、ご無礼の数々お許しください!」
なんてことだ!!散々、王子の妻に相応しくなるよう努めてきたのにこの様な無様な姿をみせてしまうとは。
父の怒りくるう姿が浮かんでくるようだった。
「やめろ。気にしなくてもいい。ここにはお前と俺以外誰もいないのだから」
王子はそういうと私の手をとり頭を上げるよう言った。
「お前だろ?俺の婚約者候補は。婚約者など、煩わしいと思っていたが、お前とならば楽しいかもしれないな」
そう言ってにやりと笑う王子の笑顔に、私は驚いた。
だが、その笑顔はとても楽しそうだった。
そして、綺麗なブルーの瞳が優しい目で私を見つめた。
・・・・この笑顔を守りたい。
王子に対して守りたいなんて、不敬かもしれない。だけど、この時はそう思った。
彼の笑顔を守る為、私は彼の傍にいよう。
この時初めて、彼の婚約者になる事を自分自身、心から望んだ。
「あの時が、たしか10歳だったわよね・・・・」
あれから、幾月もの年月がたった。
彼は、傍若無人に生きてきた。王子である地位を最大限に利用していた。
そして・・・・、彼は私ではない人と結婚した。
それでも、彼が笑顔になるのならばそれで構わないと思った。
あの頃と変わらない笑顔を見せてくれるのならば。
「コーラル!」
ふと、昔よりも随分と低くなった彼の声が聞こえる。
と、同時に何かが差し出された。
「!!?」
「・・・・なんだ。叫ばないのか?」
「・・・・驚きましたが、叫ぶ程のことではないですわ」
「なんだ。つまらん・・・。先程、これを見つけてコーラルを驚かそうと思ったんだがな」
がっくりと肩を落とす彼の姿に私はくすくすと笑った。
「蛙を見たのは初めてではありませんからね」
そう言って彼の顔を覗き込めば、彼もにやりと笑った。
「そうだったな」
そう言って声をあげて笑う彼をみて、彼の笑顔が今も健在な事に、私の心は温かくなった。
ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
以上をもちまして、一旦完結とさせていただきます。
また、何か話が浮かんできたら、その時には番外編をUPさせようとは思いますが・・・。
長い間お付き合い下さり誠にありがとうございました!!