宰相編
今回は宰相様視点です。
私は初めて会ったときから彼女にとても好感を持っていた。
「宰相?聞いておられますか?」
ふと懐かしいことを思い出しているとその人物から声がかかった。
「申し訳ありません。ちょっと考え事をしていました」
その答えに眉を寄せる彼女の顔は昔に比べずいぶんと凛々しくなった。
「・・・・宰相殿が考え事とは珍しいですね?何かありましたか?」
眉を寄せて明らかに訝しげに見ているくせに、私を心配しているような言葉を紡ぐこの人は気づいているのだろうか?
「そうですね。王妃様にこちらの書類全て目を通していただければ私も悩みが多少なりとも減るのですが・・・」
そう言って差し出す書類は元々、陛下に提出する予定の書類だった。
最近の陛下は王妃様や職務を放り出して、側室であるコーラル様の元に通詰めである。
・・・昔からあいつはわがまま邦題だったが、この年になっても今だそれが治らないとは頭を抱える。とか言うだけではすまない。そろそろ議会の重鎮達も陛下をどうにかしろとうるさくなってきている。
「こ、これ全てですか・・・・」
書類の量をみて若干顔色を変える王妃に私はにやりと笑う。
「冗談ですとも。これ全てを王妃様にしていただくなど、そんなご負担はかけられません」
そう言うと、明らかにホッとした顔になる。
本当にこの人は全てが顔に出る。そんな彼女を見ていると私の心は満たされる。
「・・・王妃様にやっていただくのはこの3分の2の量で結構でございます」
その言葉に「ヒッ!」と息を飲む声が聞こえた。
お顔を覗き込めば少し涙目になっている。
全く、どうしてこの人はこんなにも可愛いのだろう。
なのに、どうしてあんなどうしようもない陛下の妻なのだろう・・・・。
歯がゆい想いをしながら、私はこのままきっと王妃を思いながら生涯を過ごすのだろうと思っていた。
あの時、あの話を聞くまで―――――――――――。
『私、王妃をやめたいのです。』
体調を崩したと仮病を使っていた王妃の元へ向かう途中、扉の向こうから聞こえた言葉に思わず動きを止めた。
今、王妃は何といった?
『ずっと憧れていたお姫様になれて浮かれていましたが、現実を知り思い知らされました。私などでは王妃は勤められないと。そして、憧れていた王子も、私にとっては王子ではなかったと』
私の心の声に答えるかの様に王妃は言葉を次から次へと紡いで行く。
王妃が王妃をやめる?
あまりの事に私の頭は回転するのを止めていた。
『・・・王妃をやめたいとはどうして・・・』
すると今度は側室であるコーラル様の声が聞こえた。
・・・お見舞いに来られていたのか・・・・。
今更そんなことを思う。
そして、話を聞く限り彼女も初めて聞かされ動揺しているようだった。
そんな私達をあざ笑うかのように王妃は再び衝撃的な言葉を口にした。
『陛下の事は愛しておりません』
・・・・陛下の事を愛していない?
彼女は今そう言ったのか?こんなことがあっていいのだろうか?
彼女はまだコーラル様に何かを説明しているようだったが、私の耳には全く入ってこなかった。
「・・・陛下の事を愛しているわけではないのか・・・?」
ささやくように自分の口からこぼれ落ちた言葉に私の心は震えた。
ならば・・・・。私の想いを告げてもいいのだろうか?
そう考えて私は首を振った。
なんと、不謹慎な事を考えているのだ。仮りにも国王の妻である彼女に想いを告げるなど出来るはずがない。
しかし、扉の向こうから聞こえる彼女達の声は次第に激しくなり、扉を挟んだこちら側にもはっきりと聞こえるようになってきた。
『えぇ!馬鹿な事を申し上げているのは重々承知しております。ですが、王妃をやめた私は国に帰ることもできず、他の者に利用されるのもこの国の為にならない。でしたら、次の王妃となるコーラル様のご実家に私の目付役としてもらえれば悪用などされず貴方の地位もゆるぎないものとなります』
本気でそこまで考えているのか・・・・。
彼女の言い分にコーラル様は何も答える事ができなかったのだろう。
扉の向こう側が静かになった。
彼女の声はいつもの軽やかな声とは違った。思いつめたような苦しそうな声に、彼女がそこまで追い詰められていたのかと今更ながら気づいた。
私の想いなどどうでもいい。彼女がそれを望むのであれば、私がそれを叶えてやろう。
そう決めると私は扉の向こう側にいる彼女の側に行くため、重い扉に手をかけた。
「ケイル?どうしたの?ぼぉっとして」
ふと、目の前にキャロルが現れた。
周りを見渡すと城の庭にいた。
・・・そうか、キャロルとお茶をしていて暖かい日差しに誘われ居眠りをしてしまったか。
「ケイル?」
再び心配そうに声をかけ、私に向かって手を伸ばしてきたキャロルの手をつかむ。
そして、そっと私の頬にその手を添えて彼女の目を見ると、彼女は驚いた様に目を丸くした。
「ど、どうしたの!?」
慌てて手を引こうとするが、私はそれを許さずそのまま彼女の手を握り締めた。
すると、彼女の頬がほんのりと赤く染まる。
「・・・・キャロル」
声をかけると彼女は照れながらも私を見つめてくれる。
それを見て、私は噛み締める。本当に、私の妻となってくれたのだと。
「なんでもありませんよ。少し居眠りをしてしまったみたいですね。今、何時ごろでしょう?」
ふっと、手の力を緩め彼女を解放してそう言うと、彼女は少し落胆する。
「えっ・・・。えっと、そうね。そろそ日が傾く時間になるんじゃないかしら?」
そんな彼女に私は微笑む。こうして、私からの愛を求めてくれる様になるまでとても長かった。
「そうですか。では、もう少しゆっくりできるようですね。あぁ、ここでは少し肌寒くなってくるから部屋に戻ってゆっくりしましょう。えぇ、ゆっくりと・・・・」
そう言って、彼女を抱き上げると彼女は驚いた様に声を上げた。
「きゃっ!!え?えぇ?ど、どういうこと!?」
そんな彼女ににこりと微笑み唇に口づけを落とす。
「んん!?」
目を開き口が塞がれているのにもかかわらず驚いた声を上げる彼女を可愛く思う。
「こういうことに決まってますよね?そろそろ私たちも子供が欲しくありませんか?」
唇を離しそう言えば、彼女は慌てて暴れだす。
「え!?だって、まだ日も高いのに!?あぁ!違う!!そうじゃなくって・・・!!仕事!そう、仕事は!?」
腕の中で暴れる彼女を再び大人しくさせるために先程よりも深い口づけを彼女に落とす。
「しごっん!!・・・んん・・・・。っ・・はぁ・・・」
目を潤ませながら私を睨み上げるが彼女は既に力が抜けてトロンとしている。そんな彼女を他の奴に見せるわけにはいかない。
「・・・そのような姿で一体どこに行こうと言うのです?まさか、私以外の男性にその姿を見られてもいいと?・・・そうですか。しっかりとあなたが誰のものか教えて差し上げましょうね」
「ひぃぃ!!!」
今、私はとても幸せですよ?
あなたがこうして私の腕の中で、怯えながらも私に身をあずけてくれることが。
あなたが、私のくちづけに答えてくれることが。
そして何より、あなたが私の妻になってくれたことが・・・・・・。