王子編 出会い 後編
風呂に入り冷たかった体に体温が戻ってくる。
風呂を出ると、そこには質素ながらもテーブルいっぱいに料理が運ばれていた。
「王子、お口に合いますかわかりませんが、我が領地ならではお料理をご用意させていただきました」
見たことのない料理に思わず側にいたケイルを見ると、ケイルは心得たように頷いた。
「お気遣い感謝致します。では、遠慮なくいただきます」
ケイルが先に料理に手を付ける。
もちろん、毒見をしているのだ。見たこともないこのような料理に最初から手を出すそんな馬鹿な王族はいない。
ケイルが食べる様子を見るとどうやら問題はないらしい。
それを見て俺もやっと料理に手をつける。
正直、朝から狩りに出ていてお腹は空いていた。今ならどんな質素な料理もうまく感じるだろう。
案の定、料理の味は城の食事に比べて旨いとは思えないが、腹を満たす分には満足の行く料理だろう。
ある程度、腹を満たしふと部屋を見渡すと先程の娘の姿がない。
あれだけの事をして謝罪にも現れないとは一体どういうことなのか?
「おい、先程の娘はどうした?」
向かいに座っている領主に声をかけると、領主は慌てて口を開いた。
「も、申し訳ありませんでした!!娘には部屋から出ないようきつく申し付けておりますので!!」
領主はその薄い頭を強調するかのように頭を下げる。
ふん。あの娘は部屋に軟禁されているということか。
まぁ、本来俺にあんなことをしたら殺されても文句が言えないからな。
俺は、それを聞いてとうに娘には興味をなくした。
・・・・はずだった。
その晩は仕方なくその領主家で宿を借りたが、こんな狭いところは早々に退散したかった。
硬いベットに横になって寝られるほど神経は図太くなく、夜中に何度も目が覚めてしまった。
「・・・少し風にあたるか・・・」
窓から雨があがり、月が顔を出しているのを見て俺は外に出た。
雨上がりの風は少ししっとりとしていて冷たい。
夜中でも人の気配がする城とは違って、ここはとても静かだ。
暗殺の心配も女が潜り込んでくる心配も必要ない。
いつしか、俺の心は穏やかな夜と同化するかのように落ち着いていた。
すると、不意に風にのって歌が聞こえてきた。
「こんな夜中に歌・・・・?」
その声のする方へ俺は足を進める。
「いったい誰が・・・・?」
歌は決して上手くはなかった。だが、何かに惹きつけられるような透き通った声に俺はその声の元へと歩いた。
そんなに広くない屋敷だ。歌声の主はすぐに見つかった。
「・・・・・お前が歌を?」
俺の声に目の前にしゃがみこんでいた娘が驚いてこちらを振り向いた。
「お、王子・・・・?」
その顔に見覚えがあった。
そう、昼間に俺に汚い布を投げつけた上、無礼を働いた娘だ。
「・・・・お前は部屋から出るなと言われているのではなかったのか?」
夕食の時に領主が行っていたことを思い出し思わず娘に聞いてしまった。
「・・・ええ、貴方のおかげで夕食を食べ損ねました。お腹がすいて眠れないのでこっそり抜け出して気を紛らわせてたのですが?」
先程の歌を歌っていたものとは思えない程鋭い目付きで俺を見てきた。
「・・・それは俺のせいだとでも?」
挑戦的な目付きに思わず口調もきつくなる。
「いいえ。別に王子のせいではありません。・・・・はぁ、どうしてこちらになんてこられたのでしょうね」
最後の方は独り言のように言っていたがしっかりと俺の耳にも届いた。
「俺だってここに来たくて来たわけではない。狩りの途中で雨が降ったから仕方なくだ!」
今まで歓迎されなかったことのない俺に向かって、この娘はまるで俺を疫病神だと言いたげにため息をつく姿に思わず怒鳴ってしまった。
「・・・ですが、王族が狩りをされる場所はこの領地とは全く反対の方向にある森だったと記憶しておりますが?」
俺に怒鳴られたことなどなんてことないようにこの娘は普通に答えた。
「・・・・・たまには遠出もしたくなる」
言い訳にもならない言い訳に思わず眉がよった。
そんな俺の言葉に目の前にしゃがんでいた娘はくすくすと笑った。
「ふふ、言い訳をされるのであればもっとマシな事を言えばいいのに」
その娘の笑顔を俺はそのとき初めて見た。
「さてと・・・・」
そう言うと娘は立ち上がりナイトドレスについた土埃を手で払う。
「王子、私はここで失礼させていただきます。・・・・王子も早く戻られた方がよろしいですよ?雨上がりの風は冷たいですから」
そう言うと、俺に一礼し娘は俺が来た方向とは反対の方へ歩いていった。
一人残された俺は冷たい風邪を頬に受けているのにもかかわらずなぜか頬がほんのりと暖かくなっている気がした。その瞬間から、俺は彼女の事が気になった。
まさか、彼女と結婚するなんてこの時は思ってもみなかった---------。
はい、出会い編でした!!
次回、宰相編をUPしたいと思います。