音話
音楽で言葉を伝えることは果たして可能なのか。
まず、声楽に限ればイエスと断言してよいだろう。
では歌詞を持たない器楽ではどうか?
もちろんノーだ。
標題が示されなければ、曲が持つイメージを共有することすらできない。
これはどれほど優れた指揮者や演奏家であろうと、言ってしまえば、その曲を作曲した当人すら例外ではない。
つまり何が言いたいのかというと、ぼくとアンリがピアノの音を利用してコミュニケーションを図る行為は、断じて音楽ではないということだ。
青く塗ったキャンパスに〝空〟と書いたものが美術ではなく単なる文字でしかないように、〝空〟と鳴る音もやはり単なる音でしかない。
しかしどちらも紛うことなき言語であり、ぼくは後者を〝音話〟と呼ぶことにした。
声も音である事実にはどうか触れないで欲しい。
一〇月に入って秋も盛り、山が色付き始めるまでもう一息といった朝。
フレンチトーストを平らげたアンリは、今日も定位置で優雅なモーツァルトを奏でている。
思えばちょうど一週間前のこの時間、ぼくは同奏者による同曲をオーディオで流していた。
天から迎えがあるまで続くはずの日課がこうも急に途絶えるなんて、どうやって予想できただろう。
ソナタの第一楽章が終わり、乾いた食器を片付ける音がキッチンに響く。
そこに〝ココア〟と鳴る音が聞こえてきた。これ以上ないほど素っ気ないピアノの音だ。
「はいはい」
――ホット。砂糖少なめ。
「いつもの、っと」
彼は一階の研究室からご所望だけ告げて第二楽章を奏で始め、ぼくは二階のキッチンでソーサーにチョコレートを乗せる。
アンリの要望は間に床を挟んでもよく聞こえるが、ぼくの返事は大声でも出さない限り届かない一方通行。といっても、困ることはあまりない。
〝ココア〟〝温かい〟〝砂糖〟〝少ない〟これらはぼくがアンリから音話を教わるようになって〝おはよう〟の次に習得した単語たちだ。
もちろん、習得というからには斎藤さんが考案した暗号で一音一音鳴らしていているわけではない。
〝汎音〟に旋律が与えられたように、それぞれの単語に対応する旋律があるのだ。
日常会話や音楽用語、より頻繁に使う単語を中心としながら音話のボキャブラリーは日に日に数を増し、今や件の暗号が必要になることはあまりなくなった。
アンリが示したいものがその場になくて、かつ既存のボキャブラリーで説明できないとき。
それとこちらはとてもレアだが、ぼくの知らない固有名詞を言いたいときとか。
「おまちどおさま、アンリ」
――よし。
ぼくが淹れたてのココアとチョコレートをソーサーに乗せて差し出すと、アンリは「ありがとう」ではなく「良い」にあたる単語を使う。
これはたぶん、言語的な都合ではなく、彼の性格の都合だろう。
ぼくはぼくがイメージするままに彼の言葉を訳すわけだが「良い」を「よし」としたのは「いいね」や「よくできました」「でかした」あたりだと彼のもつ印象にそぐわないし「良い」のままではいくらなんでも機械的すぎると思ったからだ。
おかげで犬を褒めるみたいになってしまったが、これがいちばんしっくりきたのだから仕方がない。
それにぼくは……別に、悪くないと思っている。
考えてもみてほしい。「悪魔に心を売った」との謂れをもつあのアンリ・ルノワールに御礼など賜った日には、お気に入りのブロマイドを賭けてもいいが、ぼくの情緒はただでは済まない。
アンリはいつものようにチョコレートとココアを堪能し、ソーサーをマホガニー製のサイドテーブルの上に置いた。
彼がこの寮に独断で持ち込んだものは数知れないが、真新しいサイドテーブルもその一つだ。
――うまい。
アンリは口の中のチョコレートをココアで溶かしながらいう。
上々の反応ににっこりなぼくは「よかったあ」と返す。
そんなこんなで名前で呼び合うようになったあたりからこちら、ぼくはアンリとの会話に日本語を用いている。
その上、彼のしぶとい指摘により、ぼくの口調は敬語からタメ口にすっかり矯正されてしまった。
日本語のタメ口なんて子供の頃に話したきりだったからか、妙に子供っぽくなってしまうのが難点だったりするのだが……敬語だろうがタメ口だろうが、アンリに通じなかったことは一度もない。
もし彼に声があったなら、それはもう流暢な日本語を話したことだろう。
――これ。
とアンリは手にした自分のスマホの画面を指し示す。
何だろうと首を傾げつつ覗いてみると、CMVポータルのニュースページが表示されていた。
どうやら今年の講師演奏会の出演講師が決まったらしい。
「ああ、毎年年末にやってるんだよ。知ってる先生でもいた?」
アンリは首を小さく横に振る。
――汎音、ない。
どうしてか不満げなアンリに、ぼくはふふと笑って言った。
「ぼくじゃ逆立ちしたって務まらないよ。講師演奏会は普通の興行と違って、聴きにくる受験生とCMVの未来がかかってるからね」
ぼくはもっぱらコーヒー派だが、ついでに淹れた自分の分のココアを片手にデスクへ向かう。
椅子に腰を落としてから何気なくピアノの方を見やると、アンリは何やら真剣そうな面持ちでスマホの画面とにらめっこしていた。
ココアを啜りながら見つめていた壁掛け時計の針が九時を過ぎる。待ち人はまだ来ない。
カップを口から離すと、ココアで堰き止めていたみたいにはああと辛気臭いため息が漏れた。
それを聞いてかたまたまか、止んでいた朝のモーツァルトが再開される。
どうしようもないと思っていたぼくの憂鬱は、さっきまで彼の口にあったチョコレートのように転がされ、溶かされてゆく。頭があっという間に推しでいっぱいになる。
アンリが斎藤さんの暗号で話したのをきっかけに彼女との再会に希望を見いだしたぼくであったが、その先の糸口は未だ全く掴めていない。
アンリとのコミュニケーションをまるっきり音話の習得に費やしていることも要因の一つではあるが、推しのプライベートに踏み込むなら慎重を期したかったし、仮に今、直球に訊ねたとしても、あの戯けた「ノー」が返ってくるのは目に見えている。
アンリははぐらかすのが上手い。
それともぼくが流されやすいのか?
どうやら彼は、はぐらかされたぼくがしょげたりむくれたりするのを愉しんでいるふしがあるのだが
「実はぼく、朝はいつもあなたのモーツァルトを流しながら支度をしているんですよ。至福のひとときといいますか」
なんて告白してみると、なんとだ、毎朝欠かさずモーツァルトの生演奏をくれるようになった。
そんなの、彼のピアノを魂の宝にしているぼくにすれば至福を通り越してもはや毒! 死んじゃう!
――と思っていたのだが、どうやらこの一週間で耐性を獲得しつつあるようで、朝のモーツァルトならかろうじて気持ちよく味わえるようになっていた。
あと数分で一〇時を回ろうかというとき、やっとインターホンが鳴った。




