銀門
戦況報告
主要な戦場での推移は概ね良好である。防御の厚い大都市への迂回が完了し、第二次攻撃による制圧が進んでいる。しかし特別編成の独立部隊『ハーキュリーズ』においては、航空プラットフォームの強襲を受け戦力の40%を喪失、独立部隊としての機能を失っている。現場での再編成により数時間後には最低限の能力を取り戻すが、以降は作戦行動に合わせて支援が必要となる上、早急な戦力増強を受けるべきだろう。
ウムル・アト・タウィル
ハーキュリーズ上空に出現した航空プラットフォームはB−52爆撃機およそ3機分の無誘導爆弾を一体に散布していった。撃ち込んだ対空ミサイルはECMにより無効化され、敵の被害は無し。反撃により航空機1個小隊を失った。現在においてこの巨大兵器への対抗手段は存在しないため、遭遇した場合は撤退を妥当とする。
車庫に入ってエンジンを止めた直後、バスン!と音が鳴った
「逝ったか」
「そのようで」
よくもまぁここまでもったものだ
爆風で横倒しになったストライカーを転がし直してタイヤだけ交換した後エンジン始動。快調には程遠い状態で10km程度を走破、占領済みの都市まで撤退してきた。撤退といっても方角は真北のため、実質的には前進と言えなくもない
その撤退行動最大の功労者は今、エンジンから煙を吐いて沈黙していた
「修理が必要です」
「本当に修理で済むか?」
「フレームが原型留めていれば」
ボッコボコだが大丈夫か?
「とにかく休憩しましょう、特にエレナ」
「いえ私はこれに付き合わないと」
「整備員がやるからいい加減や・す・み・な・さ・い!」
「わわわわわわわ……」
エレナがユリアナに連れていかれた
昨日の朝から都合丸一日働きっぱなしなのだ、いくら若くても疲労は溜まっていく
「じゃ、俺はあの建物のあのへんにいるから」
ビルの最上階を指差してレオンも退散。どうやらあそこが仮設の指揮所として使われているようだ、偉いさんはあそこに詰めてると記憶
そして気付いたらマリアンもいなくなっていた。今日の宿として割り当てられたホテルに向かったと考えるのが妥当だが、まぁ武器は置き去りにされてるので余計な心配はいらないだろう
取り残されたのは2人
「……」
「…………」
まず、このネアと名乗る橙髪さんの生態を把握しきれていない訳である。普段何やってるのかとか、どういう話を好むのかとか、そもそも何でここにいるのかとか。少しくらいはそういうのを把握しないと接し方がわからない
そしてこのシチュエーションである
自由、男女、町
「と……とりあえず喫茶店でも入るっ…!?」
「は?」
声超裏返った、あと意味不明だった
「別にいいですけど、敵地の店入ってもあんま落ち着かねーですよ」
「……いや、すまん、忘れてくれ」
少し落ち着こう
場所はエクストロキア西部の港町、名前は確か『ソーチ』。さして重要でもなかったが、敵軍の防衛施設をまるごと奪取出来たため前線基地として物資を集積、次の侵攻への土台としている。飛行戦艦の爆撃でボッコボコにされてからここに逃げ込む形でやってきた。敵軍は駆逐し切っていたが、逃げ損ねた住民はわりかし普通に生活中だ。怯えている風もあるようだが、こっちから手を出さなければ問題無いだろう。
その町のいくつかの建物を接収し住居として使用、第666分隊にはビジネスホテルの2部屋ほどが与えられている。たった6人のしかも傭兵には豪華すぎる寝室だが、昨今の軍隊は男女トラブルを極力避ける傾向にあるし、正規軍とも区別したいんだろう。情熱を持て余したら町に繰り出し適切な順序を守って口説けという事だ
疲れたらそっち行って休んでもいいが、エレナ以外はさっきまでずっと車内待機、壊れかけのエンジンを気遣って鈍速走行したため、ユリアナが酔わないレベルで安全運転だった、休憩は十分
あと気になるといえばシャワー浴びてない事くらいだが、どうせ夜にはホテルなのだ、あと数時間我慢できないいわれもない
「んー……じゃあちょっとこの施設内見回りましょうか、探し物もありますし」
「え?そういうのは軍がほとんど押さえてると思うぞ?」
「パソコン1台くらいあるでしょう。1人で行ってもいいんですけど、女だけじゃ目立つんですよね」
「目立つ?」
「しつこいナンパ男をノすあたりで。プライド高い上に技術ありますからね、どうしても一撃で下せないというか」
「ああうん…把握」
いつの時代の軍隊だって内情はそんなもんだ。昔の海軍では長期間の航海に出る際に妻の下着持参させたとか言うし。現地で××して変な伝染病貰ってくる水夫も絶えない
まぁ、ネットで色々手に入る情報化社会の昨今、コントロール不可能な訳では無いが
見たくないだろう、エロ本支給する軍隊とか
「じゃ、行きましょ」
「ああ」
車庫を出て、メインの施設へ向かう
デート、とは言えないな
「勝てねえ……」
「あ、マジで勝とうと思ってたんすね」
キャノピーを開けて新鮮な空気を取り入れる、地上の空気は暖かかった
「必要無いと思いますが今の模擬戦結果。10戦0勝10敗です、最長時間は2分15秒」
カップ麺完成まであと45秒と
溜息をひとつ吐き出してF−15Cイーグルから降り、滑走路方向へ目を移す
後から降りてきたF−22Aラプターが着陸を終え、自走でハンガー前まで戻ってきていた。これから牽引されて屋内へ引っ込んでいく
「…………」
コクピットから出てきた
耐Gスーツを着込んだ小柄の人間。空中ではヘルメットと酸素マスクでわからなかったが、今ならわかる、あれは完全に女だ
パイロットの身長は170から180が普通だが、どう考えたって160もいっていない、150すら怪しい。あれではコクピットは専用に改修されてるだろう
ちなみにデカすぎると不適合のレッテルを貼られる
じっと見ていたら、こっちに気付いて駆け寄ってきた
「じゃ、後はよろしくお願いします」
「おい逃げんのかよ」
「若い子の相手とかおぢさん自信ないです」
「お前俺より若いだろが!!」
行ってしまった
「こんにちは」
「え、あ、おう……」
「はじめまして」
「おう……?」
「おひさしぶりです?」
「なんでだよ」
並んでみて確信したが150cmも無い。耐Gスーツがぶかぶかである事もあるだろうが、恐らく中学生から高校入りたて。明るい茶髪のショートポニーが頭から伸び、小首傾げながらこっちを見ている
小柄の方がパイロットとしては有利という話だが、いくらなんでも小さすぎるだろ
「……年齢は?」
「今年で17」
「つまり今16と……」
「法的にはギリギリセーフ」
「何が」
よくわかんねえこの子
「アルメリアより来ましたアリソン・L・リトル、TACネームは『ネメシス』。以後よろしくお願いします」
「お……あー…。ソリッド・ツーリーズ、TACネーム『アストラエア』」
「正義の女神」
「そういうお前は復讐神」
本当に、何故うちの軍は名前に華やかさを求めるのか
「こっちの文化をよく知ってるな」
「本があったから読んだ。綺麗に善と悪に分かれてるのは新鮮」
「は?……あー…そうだな」
神話なんて大体そんなもんなのだが、それを新鮮と言われると少し困惑してしまう。しかしイレギュラーも存在している訳で
北半球の一帯には、ひたすら陰欝で暗黒で救いようのない神話が存在しているとか。庶民の娯楽であるおとぎ話がR−18G寸前とは些か矛盾しているような
「クトゥルーの邪神群は実在するとも言われてる」
「はぁ?」
「半世紀前の戦争では人間1人が出したとは考えにくい戦果が報告されてるから。所属部隊の記録は抹消されてるけど、有り得ない話ではない」
「…………」
「私カルトじゃない」
「あっそ」
そこまで話して、自然的に足を管制塔方向へ向ける。訓練という名の私闘は終わったが、終了報告とデブリーフィングが残っていた
10回やってすべてあしらわれて終わりである、普通なら懲罰確定ものだ。しかし何のお咎めもないだろう、戦闘機の第四世代と第五世代にはそれを納得させるだけの差がある
性能だけが原因ではなさそうだが
「根拠は何だよ。キチガイな戦果出した人間ならいくらかいるだろ」
「ん……昔の軍人で挙げるなら、505人射殺の狙撃兵シモ・ヘイヘ、戦車519両撃破の爆撃機操縦士ハンス・ウルリッヒ・ルーデル、航空機352機撃墜の戦闘機操縦士エーリヒ・ハルトマン。後は無傷で終戦を迎えた駆逐艦雪風とか」
「だろ?」
「残念ながら話になってない」
いやそれはおかしい
さっき挙がった中から一番有名であろうルーデルさんを例に取ってみる。生涯で入手した称号は『スツーカ大佐』『スツーカの悪魔』『ソ連人民最大の敵』『アンサイクロペディアに嘘を言わせなかった男』。WW2で活躍したドイツ軍の魔王で、朝起きて出撃して朝メシ食って出撃して昼メシ食って昼寝して出撃しておやつ食って出撃して晩メシ食って出撃して夜食食って出撃してシャワー浴びて寝るという生活をしていたら、総計2000目標以上を破壊して世界最強の爆撃士となっていた男である。
これがいかにトチ狂った戦果なのか説明するため、簡単に殺害数を算出して他と比較してみる事にする
まず戦車には4人乗るのが普通なのでこれだけで2000人、車両800以上とあるので、1台2人としても1600人、火砲1門につき3人だと150門破壊で450人。これだけで4050人となる。他にも軍艦数隻や航空機数機などあるが、全員が死亡したわけでもないのでこの数字に留めておく
・真珠湾奇襲
2388人
・『史上最大の作戦』ノルマンディー上陸作戦連合軍側
10264人
・アメリカ同時多発テロ
2993人
・ルーデル生涯の戦果
4050人
つまり彼はたった1人で真珠湾2回分の損害を叩き出したのである
「どんだけだよ、人数は?」
「一説では1万5千人以上」
「ハ……」
「1個師団まるまる潰してる」
顎が外れた
「確証はないけど、私は信じてる」
「……何故」
「それは長くなる、今は報告が先」
行って、早歩きで先行していく
案外、仕事熱心のようだ