crawling chaos 4
この状況下で歩兵がやるべき事は車両隊を突破してきた敵歩兵と歩兵戦闘車、兵員輸送車の処理であり、そのためには遮蔽物を作らなければいけない
簡単で素早く作れるものとしたら、土嚢積み上げか塹壕掘るか
「どっちにしろスコップかよ!」
「つべこべ言わずに早く掘れ!!」
よくこんなもん用意してたなという速度でスコップと土嚢袋がデリバリーされ、明がぶちまけた土をユリアナが袋詰めしていく
ネアは少し離れた場所で機関銃据え付けを手伝っていた。その速度が尋常ではなく、仕事を奪われた正規兵が渋々穴掘りに参加するという有様
「ほんとに何なんだろうなあれは…」
「いいからもう土よこしてほれほれ」
「おばぁちゃんか」
ひたすら掘って、膝まで入る穴が横1メートル完成。他人の掘った穴と繋げて塹壕とし、土嚢で高さを補強する
「おいこれ使え」
レオンが何か持ってきた
ずんぐりした形の銃に3脚が付き、右横に大きい弾倉が引っ掛かっている。よく見ればストライカーの予備兵装として初期装備されていたもので、Mk19擲弾発射機、いわゆるグレネードマシンガンというやつ
「補給車は退避しちまったから補充無しで頑張ってくれ」
「120発も必要無いと思うけどね」
ユリアナがそれを土嚢へ据え付けにかかる。予備弾倉は2つ、1箱40発入りだ。1発の加害半径15mで、遮蔽物のない草原だと恐ろしい威力となる
その頃には戦車戦も一段落し、T−80が鶴翼の包囲から離脱していく。味方戦車は一部が兵員輸送車へと取り掛かり、陣形を維持したまま待機。代わりにMLRSがランチャーを天に掲げる
MLRSとは『マルチプル・ロンチ・ロケット・システム』の略、普通は『マルス』と呼ばれるものだ。発射後分裂するロケット弾12発か大型対地ミサイル2発を搭載可能
数台まとまって一斉発射すれば、局所的に死の雨が降る
「なんでこんなだだっ広い場所で仕掛けて来たんでしょうかね」
ネアが戻ってきた
塹壕に隠れつつバレットを構え、スコープで敵軍の様子を見る。こちらへの到達はもう間もなくといった所
塹壕掘る時間があったこっちはまだいいが、向こうは車から降りれば完全な無防備なのだ、数で勝っているとはいえ人海戦術できる程でもない
「別動隊が回り込んでるとか?」
「レーダーに反応は無いし、この地形じゃ奇襲は成立しないぞ」
「…海から艦砲射撃が飛んでくる」
「海軍がこんな所まで進出してるとは聞いてないな」
「……大規模な航空支援…」
「それはまだ可能性あるが、そうなるとレールガンが手薄になるから増援要請して……」
「…もういいからおっさんはミサイル撃ってろ!!」
「なんで怒られにゃならんのだ」
言いながらジャベリンミサイルが射出された
まず発射機の機能でミサイルを打ち出し、それからロケットモーターに火がつく。ファイアアンドフォーゲットのジャベリンは一度発射してしまえば特にやるべき事は無い
「撃ちます」
明の隣でバレットが吠え始め、遠くでもTOWミサイルやらミニガンやらが発砲を開始。典型的な防御戦闘が始まった
敵の対応は、機関銃の射程ギリギリで進撃を止めミサイルを撃ち返してくる。弾が切れるまでしばらく維持するつもりだろう
と
「ぬあっ!?」
ズドン!!という爆音、数十メートル前方で火炎の花が咲く
それを皮切りに各所で爆発が発生、うちひとつが塹壕の一部を吹っ飛ばし、弾薬に引火したらしく花火のように弾が弾ける
擬音で表すなら、どんぱらぱらぱら
「榴弾砲…?ちょっとサンダーボルト何やってんの!!」
「いやさっきから頑張ってるんだがなぁ…」
遥か遠方にいるであろう自走砲に群がっているのはAー10AサンダーボルトⅡ。とっくにミサイルは撃ち尽くしていたが、アベンジャー30mmガトリングによる劣化ウランの雨が敵車両を粉砕していく。Aー10Aも相応の反撃を喰らっているはずなのだが怯むそぶりを見せない、というか完全に無視していらっしゃる
「なにぶん数が多くてな、増援は呼んでおいたんだが」
「どんな増援よ」
「巡航ミサイル15発、状況に応じて追加有り」
「……あっそう…」
ジャベリンがもう1発飛んでいく
白煙を引きながら敵陣へ突っ込んでいったそれは歩兵戦闘車1両にトップアタックを仕掛け、天蓋ぶち抜いて爆発させた。防御側という事もあってか相対的にはこちらの優勢、ただし数では未だ負けている。このまま続ければ勝てるだろうが、敵陣がじりじり近付いて来ている気がしないでもない
榴弾砲の攻撃も続いているし、戦車隊の結果次第では敗北も有り得る
「ストライカーは?」
「少々突出気味」
「なら下がらせて、もうすぐ突撃かまされそうな気がする」
彼我の距離1km、射程が足りているのはミサイル系とM2重機関銃、ネアのバレットも攻撃可能だが、いずれも近距離では取り回しが悪くなる。そうなると取っ組み合いの乱闘戦になってしまうのだが、数で負けている以上それはまずい
要点は到達される前にどれだけ削れるかだろう
「圧倒的に遮蔽物足りてませんよ。クレイモアとかねーんですか?」
言いながらネアが弾倉交換を始め、12.7mm徹甲弾の空薬莢が転がる。小銃用のものと比べると気違いなほど大きく、対人兵器ではない事を全体で表現していた
「というかそっちは武装変えなくて大丈夫?」
「いえ、銃身の耐久度上げてあるんで格闘戦まで対応できます」
「…………」
どういう事だ
『アストラエア、ネフティスが後ろにつかれた』
「ッ…何やっとんだあのアホは!!」
急速旋回を続けながら一瞬だけレーダーを見、フランカーに追い回される僚機を確認。すぐに前方の敵へ視線を戻す
格闘戦を始めてからまだ数の変動は無く11対8のまま。ラファールが2機がかりでフランカーを追い込んでいるが、結果イーグル隊がタイマン勝負させられる羽目になり、性能面の問題から徐々に形勢が傾きつつある
まず根本的な格闘戦能力が違うのだ。こっちが180度反転しているうちに向こうは270度旋回してしまう、単純な尻の追い合い(ドッグファイト)で勝てるはずが無い
「スパイラルダイブ!!」
『やってます!!』
まずエアブレーキを起動。400ノットを示していた速度計が一気に動き始め、失速警報が鳴りだした。そこから思い切り操縦桿を手前へ
「ぬ…!!」
イーグルが落下していく
上を向いた機首はさっきまで取っ組み合っていたフランカーを捉え、数秒でロックを終わらせ短距離AAM点火
赤外線誘導のサイドワインダーはアムラームのようなややこしい機能は無い、エンジンの排気熱を感知して勝手にホーミングしてくれる
「次!!」
今のは時間稼ぎだ、どうせ当たるまい。無理矢理機首を下に戻して速度を得、飛行に戻る。問題のネフティスはぐるぐると旋回しながら降下、こっちよりも低空にいた。決死の反撃機動も軽くいなされ尻につかれたまま
「EUR!!」
『了解!!』
こちらは簡単だ、前方の敵を全速で追いかければいい
対しネフティスはハンマーヘッドを組み合わせたインメルマンターン、つまり減速しつつ操縦桿を引いてそのまま反転、こっちとすれ違う
反応した前方のフランカーも減速し、しかしハンマーヘッド気味の動きに騙され反転までは至らず、機首を真上に向けたコブラ状態でネフティスを見失い、無防備な背中を晒していた
「落ちろやぁぁぁぁ!!」
M61バルカンが歯医者みたいな音を出し始める
発射ボタンを押してから弾が出るまで約0.2秒、毎秒100発前後で20mm弾がぶちまけられ、フランカーに殺到、水色の機体を蜂の巣に仕立て上げた
『クリアー!!』
ボン!と、後ろのフランカーも爆散する。ネフティスのAAMが仕留めたようだ
ラファール隊も最後の1機を片付け、フランカーは全滅
『敵機撃墜を確認。各機余力はあるか?』
緩く旋回しながら反転し、ネフティスが帰ってくるのを待つ。残弾はサイドワインダー3発とバルカン700発ほどで、残ったファルクラムを殲滅するくらいなら問題は無い。高機動なのは変わらないとしてもフランカーほど面倒ではないのだ
「まだ行ける、このまま突っ込むぞ」
『いや違う、そうじゃない、レーダーを見ろ』
「あ…?」
視線を下へ
そこには新しい反応が2つあり
『Su−35…フランカーE1だ』
ミサイルアラート
「ちょ…待て待て待て待て!!」
発射されたミサイルは1機2発ずつの4、向こうのミサイルはアムラームのような小細工をしていないため、4発すべてがこっちに向かってくる事になる
「ECM!!」
『今やっている』
あれはレーダー誘導、電波を使ってロックされている。ならそれとはまったく関係無い電波を流して妨害してしまおうというのがECM
空中管制機のバカでかいレーダードームから出る電波は生物の生命活動にも影響を及ぼす程で、数百キロ離れたここにもかなりの電波が届いている
ただ問題なのは、電波妨害が来るのは敵もわかりきっているという事
『あ…駄目だ……』
「来る前から諦めんなよ!!」
レーダー照射を邪魔されないのであれば、セミアクティブレーダーホーミングより命中率が高いミサイルはスティンガー以外存在しない
ECMが効かないのであれば今更チャフ撃っても無駄だろうし、あとは自力で回避するしかない
『来るぞ!』
視界が弾体を掠めた
「ち…ッ!!」
思い切り機首を下げて速度を確保し、ミサイルの下に潜り込む
1発目はそれで回避
『すいません落ちます!!』
「はぁ!?」
ネフティスのキャノピーが弾け飛んでシートが射出された
操縦士はいなくなり、残った機体にミサイルが殺到する
爆炎、一拍遅れて衝撃音
100億円がスクラップになって落ちていく
「戦闘前の『今日のエースは〜』のくだり撤回しろよ!!」
撃墜数3なのでエースは確定だろうが
大きいバレルロールで2発目を振り回し、命中直前でひねってやり過ごすと、目の前をミサイルが走っていった
『敵ミサイル発射、次は4基だ』
「ふざけ…!!」
1機に減ったため残りすべてこっちに向かっている
本来ならこのあたりで『駄目だ』と言うべきであって
「脱出す……」
『いや待て!』
と
ミサイルアラートがいきなり停止した
勢いを失ったミサイル4発はあらぬ方向に飛んでいき、やがてレーダーから消失
『よし、間に合ったな』
「……あー…」
世界最強のつるぺた戦闘機がいるのをまた忘れていた
本体は映っていないのにアムラームミサイル2発だけがレーダーに表示されている
よーく目を凝らして前を見つめると、ひらべったい最新機が1機
『臨時編成としてネメシスをアトリア隊に編入、以後バディを組め。位置情報は無線で伝える』
「…了解」
『アトリア』は自分の隊の名前だ。普段は固有のTACネームで呼び合っているが、部隊として呼ぶなら『アトリア1』『アトリア2』となる。まぁアトリア2は今パラシュートでスカイダイビングしているが
この場合はF−22Aラプター、ネメシスがアトリア2に取って代わる
『奴らの後ろにも怪しい反応がある、注意しろ』
「まだ来るのかよ?」
『解析中だ、少し待て』
とにかく、今はフランカーの相手をしなければ
前方で始まった空戦に突っ込むべく、スロットルを押し込んだ